第14話 涙と悪戯

 大学のキャンパスの外へ出た私はすぐに全力で駆けた。以前と違い体力は無尽蔵に思えるくらいで、いくら全力で走ってもちっとも疲れない。それどころか吸った精気を身体の強化に回すことが出来て、普段なら出せない速度や跳躍力まで出せた。私は歩道から民家の屋根にジャンプし、そこから屋根の上を飛びながら走り続けた。途中警察のドローンに魔法の危険使用の警告を発せられたが、それさえも今の私ならいくらでも振り切れた。そして私はとあるところへと辿り着いた。自宅近くにある公立の学校。かつて私が通った思い出の場所であり、同時に私の弟の勇も現在通っている。私が学校の屋上に着地した時にはすでに放課後の下校時刻を過ぎていてた。私は屋上のフェンス越しに弟の姿を校庭に探す。すぐに見つけた。弟の姿は良く目立つ。だって、私と違ってとてもとても美形な顔でとても愛らしいから。弟は男子のお友達たちとドッチボールをやっていた。楽しそうな笑顔で男子たちとボールを投げ合っている。そしてその姿をうっとりと見つめる女子たち。羨ましいと思った。私みたいなサキュバスになったくらいで壊れるようなうっすぺらな関係ではなく、本当に好かれていそうな雰囲気に見える。


「いさおーーーーーー!」


 私はいさおの名を叫びながら、屋上から校庭に向かって飛び降りる。


「ん?お姉ちゃんの声?…うおっ!なんで空に?!」


 勇は私の声に気がついて、透き通った海のような綺麗な蒼い瞳で私の方を見上げた。驚いている顔がとても可愛らしい。そのまま彼の目の前に降り立った。その時スカートがめくれあがって周りの男の子にパンツを見られたけど特に気にはならなかった。どうせ見てもつまらないものだしね。自分よりも年下の幼い男の子相手に羞恥の感情も湧くわけもない。


「やっほー。勇。ただいま」


「え…お帰りなさい…?でもここ僕の学校なんだけど…」


「来ちゃった」


「う、うん。そうだね。お姉ちゃん来ちゃってるけど、なんで?ていうか何で昨日帰ってこなかったの?」


 なんかすごく戸惑っていて私を見て目を丸くしながら首を傾げてる。とても可愛い。だから思い切りぎゅっと抱きしめてしまった。


「だって勇に会いたかったら!」


「ちょっと!く、苦しい!きついって!それに皆見てるって!」


 そう言われて今更思い出したけど、ドッチボールの途中だったね。周りの勇のお友達の男の子たちが私のことをじっと見てた。さすがにちょっとその視線は恥ずかしく思えた。しかもなぜかもじもじと身を揺らし股間を抑えて頬を赤く染めててなんかキモい。だから私は勇のことを離す。


「ははは…。ごめんね」


「いや、別にいいけどさ…なんかあったの?」


 勇がわたしのことをどこか心配げに見つめてた。見つめてくれている。それはとても素敵な眼差しだった。だってそこには邪なものが何一つもない。綺麗な綺麗な瞳。


「…別に…なにも…」


 ここで何かを話すわけにはいかない。流石にサキュバスになっちゃった。なんて勇のお友達の前で言えるわけもない。だから適当にはぐらかしたのだが、勇はどこか悲しそうに言ってくれた。


「なんかあったんだね。お母さんも昨日なんかどっかから連絡受けて様子が変だったし…。お家に帰ろっか」


 勇は同級生たちにさよならの挨拶をしてから、優しく私の手を握って、それから引っ張っていく。不思議と頼りがいを感じてしまう。私がお姉さんなのに、この子の方がずっとずっとしっかりしてた。学校の校庭を出て、私たちは手をつなぎながら家に歩いた。勇は本当に優しい子で、私の方が背が高く歩幅が広くて歩く速度が速いのに、それにしっかりと合わせてくれた。


「お姉ちゃんなんか変わった?お化粧してるの?いつもより美人だよ」


「お化粧なんてしないよ。無駄だし調子乗ってるって思われるし、お母さんに叱られちゃうもん」


 私はお化粧をしたことがほとんどない。昔中学に上がったころに一度やってみたのだが、すぐに母に叱られた。私のようなブスがお化粧をするのは、金と時間の無駄であり、何よりも世間の反発を買う愚かな行為だからだ。ブスが男の気を引くためにする化粧ほど滑稽なものはないと母は私に指導してくれた。いまでは正しいことだと素直に思えるが、当時の私は愚かだったので、バカみたいに泣くだけだった。私が泣いたって可愛くないから誰も味方になりはしないと学ぶだけだったけど。


「そんなことないよ…。お姉ちゃんが世界で一番美人なのに…」


「ありがとうね勇。あなただけだよ。そんな素敵なことを言ってくれる素敵な男の子はね」


 私は弟の艶やかな黒い髪を撫でる。私と弟は髪と目の色が一緒だが、弟のそれは私のそれと比べてずっとずっと綺麗だった。この子の髪を撫でる手が心地よい感触を伝えてくる。ずっとずっとこうしていたい。


「もう。やめてよ。子ども扱いしないで」


「ふふ。ごめんね。でも触り心地が良くってつい」


 私に気安くその体を触れさせてくれるのはこの子だけだろう。いつもそうだった。例えば偶然誰かに触れてしまったとき、いつもみんな私に嫌そうな目を向けてきた。そうだ。なんだよ。いつもと変わらないじゃないか。サキュバスになっても皆私に嫌な目を向けてくる。学校も研究室も、同級生も先輩も先生も男も女も。みんなみんなみんなが…。


「ねぇ。お姉ちゃん。本当に大丈夫?どうしてそんなに泣きそうな顔してるの?」


「そんなことないよ。お姉ちゃんは涙流せるほど、人とちゃんと向かい合って生きてないもの」


 涙を流せる人はちゃんと人と向かい合って傷つけた人だけだ。私みたいに誰からもそっぽを向かれて白い目で見られる人は涙を流す資格がない。


「そんなことないよ!お姉ちゃんはいつも僕に優しいよ!ちゃんと僕に向かい合ってる!どうしたの?なんでそんなにつらそうなの?何があったの?僕に教えてよ」


 言えるわけもない。私は今日一日で色々やらかしてしまった。だからいずれは伝わってしまうだろうけど、それでも自分の口からは言いたくなかった。サキュバスになっちゃったなんて、そんな恥ずかしいことはこの子には言えなかった。


「なんにもないよ。なんにもね」


 私の人生にはもう何にもない。多分この子以外は…。


「お姉ちゃん。泣いてもいいんだよ?絶対泣いた方がいいよ。だってすごく苦しそうなのに…」


 勇は私の頬に手を伸ばして、優しく撫でた。それで何かが破れちゃったんだと思う。私の目から涙が一つ二つと零れてきた。ボロボロと大泣きなんて言う風にはならなかった。そんな風に泣けなかった。泣いてみたいけど、そんな素敵な女の子みたいな泣き方は知らないから。だってどうせ似合わないから。


「…ぅぐっす…。ごめんね…ごめんねいさお。ぐす。ほんとうにごめんね。こんなお姉ちゃんで本当にごめんねぇ…!」


 私の足はそこで止まってしまった。弟への申し訳なさでどうにかなりそうだった。


「そんなことないよ。お姉ちゃんは僕の一番好きなひとなんだよ。だからごめんなさいなんてしなくていいから…いいから…」


 勇は背伸びをしながら私の頭を胸に抱いてくれた。私の頭を撫でる勇の手が温かい。とてもとても気持ちがいい。…………気持ちがいい?キモチガイイ?キモチガイイオトコノコ?…違う!これは絶対に違う!


「…勇。もういいわ…もう十分だから」


 私の涙はそれですっと引っ込んでしまった。私は勇からその身を離す。そして家に向かって歩く。お腹が減ったのを感じていた。きっと走り過ぎたせいだ。だから早く帰ってご飯を食べたい。


「お姉ちゃん?どうしたの?…手つなぐ?」


 弟は私の手を掴もうと、その可愛らしい手をのばしてきた。だけど私は自分の手をブレザーのポケットにしまって隠す。


「もう大丈夫だからね。大丈夫だよ」


 私は勇に向かって笑顔を浮かべる。できるだけ優しくしたつもり。だけど勇は私の顔を見ながらその場で立ち止まってしまった。


「…きれいすぎる…」


 弟は生唾を飲み込んでいた。頬は少し赤く、そして瞳は潤んでいるように見える。きっと私なんかと手を繋いで歩いていたからだ。何度か人とすれ違っていたし、それで恥ずかしかったんだろう。きっとそうに違いない。違いないんだ。







 そして私たちは自宅に帰って来た。ファミリー向けの結構グレードの高いマンション。シングルマザーで子育てしながらバリバリとキャリアを積み上げて手に入れたお部屋。立派な母だと私はいつも尊敬している。

私はリビングを入ってすぐにソファーに寝転んだ。疲れてたし、お腹が結構減っていたからだ。まったく動く気になれない。うつ伏せだから体の正面に感じられるソファーの柔らかさがとても気持ちいい。若干お尻がすーすーしたけど、どうやらスカートが少しまくれているようだ。だけどここは家の中だ。別に大丈夫だろう。お外でやってたら周りにごめんなさいごめんなさい、見苦しいものを見せてお粗末さまでしたと頭を下げていただろうけど。


「お姉ちゃん。お行儀悪いよ。ていうかパンツが…その…」


「いいじゃん。別に姉弟なんだし、ていうかいつもは注意しないよね。そんなに見たくない?」


「そ、そんな!いや見たいとかみたくないとかじゃなくて!とにかくスカート直してよ!すぐに!」


 弟はいつもはクール系って言うか動じない系なのに、今日はなんでかテンパり気味だ。


「いーやーなーのー。動くのめんどくさいのー。勇が直してよ。お姉ちゃん動きたくないのー」


 お母さんはまだ帰ってないし、弟をちょっとくらいこき使ってもいいだろう。私は疲れていた。だからちょっと遊びたかった。


「もう!まったく…。…なんでいつもと同じお姉ちゃんのパンツなのに…。なんでいつもとちがく見えちゃうんだろう…」


 弟の手が私のお尻の上に乗っかるスカートの裾に触れた。そのとき弟の指が私のお尻にも触れたのだ。


「あっ…ん」


サキュバスになって感覚が鋭敏になっている。だからだろう、すこし痺れるような感触を感じた。そして弟はスカートを引っ張って伸ばす。


「まったくもう…だらしないなぁ。仕方ないお姉ちゃんだなぁ…」


 今私の太ももの間に弟の右手がある。触れていないけどその存在は感じた。


「えい!」


「わっ!お姉ちゃん!?」


 私は弟の手を太ももで挟んだ。決して逃がさないように強く強く。だからなんだろうか。太ももに熱さを感じた。


「ちょっと!変ないたずらしないでよ!離してって!」


 弟は右手を離そうと私の太ももの間で動き回る。それがきゅんとした感覚として腰の方へと伝わって来たのだ。


「っ…ィ…い…の…」


 それはお腹の中まで震わせた。じわっと熱が灯って体の奥の奥の芯を揺らす。


「お姉ちゃん!ふざけないでよ!力強すぎだって!魔力使ってるの?!やばいって!」


 弟は左手を私の太ももの間に挟み込んだ。そして力を込めて開こうとした。そう!そうなの!男の子が私の!私の股を開こうと!一生懸命開こうとしているの!


「きゃ…ああ…だめ!そんなに強く!強く私のことを開かないで!ああ、ああんっ!」


 私は強い羞恥を感じてクッションに強く顔を埋めた。そして弟の開こうとする力に抵抗するために私は腰を上げた。


「ちょっと?!お尻突き出さないでよ!パンツがすごく見えてるよ!恥ずかしくないの?!」


「そんなこと…言わせないで…いじわる…いさおのいじわるぅ…」

 

 泣きそうだった。私は必死に抵抗してるのに、勇は私に羞恥を与えて、その上でそれを責め立てるのだ。なんてひどい子なんだろう…。


「いじわるしないで…やさしくしてぇ…ねぇ…おねがい…おねがいだから…いさお…いさお…」


 私はクッションから顔を離し、勇の方に振り向いた。そして哀願した。私は所詮力なんてない女に過ぎない。男が本気になって私の体を開こうとすれば、私に抗うことなんて出来ない。


「おねえちゃん…。どうしてそんなにかわいいかおしてるの?」


 勇と目が合った。彼の瞳は濡れていた。だけどその手はまだ私の足を開こうと力を込めていた。ああ、なんて可愛いんだろう。そんなに私を開きたいのか?開いて曝け出させてしまいたいのか?


「ねぇ…いさお…わたし。かわいい?」


「うん。おねえちゃんは僕の可愛いお姉ちゃんだよ」


「あっンン…ああ、ァぁあぁ…」


 その言葉だけで胸がきゅっと甘く締めつけられた。吐息が漏れていく。そして体から力が抜けていく。足からも力が抜けて、私の足はとうとう勇の手で開かれてしまった。


「おねえちゃん…大丈夫…?」


 解放された勇の手が私の尻と太ももを撫でている。その感触だけで心が濡れていく。満たされていく。そして同時にのを感じた。


「え…私…吸っちゃったの…?!」


 私は慌てて立ち上がり、勇の方を見た。弟はぐったりとソファーに座り込んでいた。私は勇の肩を揺さぶる。怖かった。私が何をしでかしてしまったのか。それが怖かった。


「勇!勇!ねぇ!ねぇってば!」


「…っあ…お姉ちゃん…?」


 勇の顔は上気していた。焦点の合わない力のない瞳で私のことを見ている。精気を抜き取られたからだ。私は他の男と同じように弟からも吸ってしまったんだ!


「そんな?!そんなぁ!ごめんさなさい!ごめんなさい勇!しっかりして!お願い!お願いだから!」


 私は弟の頭を撫でる。こんなことで回復するとは思えないけど、他にできることが思いつかなかった。だけど突然その手に痛みを感じた。


「勇から離れなさい!」


 いつの間にかすぐ傍に母がいて、私の手を叩いた。母は怒りと恐怖とがないまぜになった顔で、私のことを睨んでいる。


「どいて!どきなさい!」


 母は私のことを思い切り突き飛ばした。私は近くにあったテーブルに背中を強く打った。


「あなたは今、弟に向かっていったい何をやっていたのよ?!」


 母は私を思い切り怒鳴る。その声は私にはまるで雷のように聞こえた。思わず縮こまり耳を塞いだ。

 






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