第13話 奪われていく尊厳

 サキュバスであることがクラスメイトにバレた私は何も口にできずただ震えていた。周りの視線が痛い。ニュースもネットもありとあらゆるメディアでサキュバスの危険性を啓蒙していた。見つけた場合は警察などに届けることを政府は推奨しているのだ。女子たちから様々な悪罵が響く。曰くビッチだの阿婆擦れだの淫乱だの売女だのと女に向けていい言葉じゃない。だけど反論は無理だ。だって私がサキュバスなのは事実で、サキュバスって言うのはいやらしい女たちのことで。でも私は違うのに。何かの間違いでなってしまっただけ。私が望んでそうなったわけじゃない。


「もうやめろ!夢咲さんが何をしたんだ!」


 クラスのリーダー男子が私を庇う。それと同時に男子たちからも次々と私を庇い始めた。


「はぁ?!そいつはさきゅばすなんだよ!騙されてる!」「騙されてなんかいない!夢咲さんはいい子じゃないか!」「どうかんがえてもただのビッチだろ!」「うるせぇよ!ただの嫉妬だろ!夢咲さんの方がずっと可愛いもんな!」「その女のどこが可愛いだよ!どう見たって媚びてるだけでしょ!目を覚ましなよ!」


 喧々諤々教室のあちらこちらで男子と女子が私のことで言い争い始める。バカな。いったいなんだこのくだらない騒ぎは。私のことで争わないで!なんて言えばいいのか?そんなバカな女になれと?さらにこの騒ぎを聞きつけた教師たちが教室にやってきて、状況を知り、さらに争いに加わった。私が悪い悪くないと男女に分かれて争い続ける。馬鹿馬鹿しいと思った。誰も私の気持ちを聞いてくれない。もうここにこれ以上いたくなかった。皆自分の争いに夢中で私のことなんか忘れてた。だから私が教室を抜け出しても誰も気がつかなかった。私抜きに私のことで永遠に争い続けてしまえばいいと思った。



 教室を抜けてさらには学園からも抜け出して、私は大学のキャンパスにやってきた。大学の方は落ち着いた空気が流れていて、ささくれて居た私の心を少し落ち着けてくれた。私は自分の所属する研究室へ向かった。院生室についてすぐ自分のデスクについて、メールのチェックを始める。色々なメールの中に教授からのメールがあった。今朝方送られてきたもので、昨日提出した論文のジャーナルへの掲載が決まったという知らせだ。私は思わずガッツポーズを決める。


「あれ?君、夢咲さんだよね…?なんか変わった?」


 隣のデスクの先輩院生が私に声をかけてきた。こんなこと初めてだった。私から何か声をかけなきゃ絶対にこっちには声をかけてこないひとなんだけど。


「別に何も変わってません。いつもと同じです」


「そう?ところで何かいいことでもあったの?」


 先輩院生は楽し気に尋ねてくる。隣に座ってるけど良く知らない人との会話に正直戸惑うが正直に言った。


「書いた論文がジャーナルに載ることになりました。かなりインパクトファクターの高い所です。頑張った甲斐がありました」


 ずっと頑張ってきてその成果がようやく結ばれたのだ。とてもうれしかった。その報告に先輩はニコニコとしている。


「そっかー。夢咲さんずっと頑張ってたもんね。いつか結果出すって思ってたけど、俺も嬉しいよ」


「…ありがとうございます」


 先輩から褒められた。だけどちっとも嬉しくない。この人は今日この日までずっと私のことを半ば無視していたのに?


「どう?お祝いにちょっといい所にディナーでも。奢るよ」


「…いいえ、ごめんなさい。学会発表の予定があるんで、しばらくそっちに集中するんで」


「そっか。残念だな。じゃあ暇になったら教えて。いつでもいいからさ」


 先輩は残念そうな顔をして引き下がった。私は変わってない。でも周りがどんどん変わっていって気持ち悪い。ずっと私は皆の視界に入らず出しゃばらず隅っこで謙虚に過ごしてた。なのに男も女も皆が皆、私に余計なちっとも嬉しくない感情ばかりぶつけてくる。溜息をはきながら私は学会発表のプレゼンの作成を始める。参考論文や各種データをデュアルモニターに表示しながら作業を進めていく。こういう仕事は楽しい。私は大講堂で自分がこの研究をプレゼンしているところを想像する。そして終わった瞬間、人々からの拍手喝采に包まれる。そして様々な研究機関から私のことを招聘したいというオファーが届く。そんな夢の様な未来を想像しながら、楽しく楽しく作業してた。


「すまない、夢咲さん。ちょっといいかな?」


 振り向くとそこには私の指導教授と、知らない女の人がいた。きっちりとパンツスーツを着こなしたバリキャリウーマンって感じで、どこか冷たそうな印象を覚えた。さらに院生室の出入り口のところに十数名ほどの女性がいた。いずれも教務窓口で見たことがある、うちの大学の教務職員たちだ。なにか物々しい雰囲気がある。


「えっとね。言いにくいんだけど…君に」


「先生。そこから先は私が言いましょう。先生ではお伝えしにくいことでしょうから」


 教授の言葉を遮って、女の人が私のすぐ傍に立った。


「夢咲 操さんですね?私は大学に雇われた弁護士の者です」


 そう言って名刺を私に差し出してきた。弁護士という言葉を聞いてぎょっとした。私が何かをやらかしたのか。確かにサキュバスになったが、ここにいるのは合法のはずなんだ。だけどやっぱり怖くて、身を縮こませてしまう。


「夢咲さん。単刀直入にいいます。あなたの学位論文および研究活動に不正の疑いが掛けられています。大学はあなたの学術活動すべてを監査することにしました。よっていますぐに関係資料すべての提出を要求します。具体的にはラボノート、大学が貸与したPC、大学システムのアカウント等々すべてが調査の対象です。すべて提出してください、いますぐに」


 研究不正の疑い?そんなばかな!私は席から立ち上がり弁護士に向かって言う。


「ありえません!何かの間違いです!私は研究活動において一切の不正を行ったことなんてありません!なんでこんなことをいきなり言うんですか?!何の根拠があって!?」


「さきほどあなたはサキュバスとしての魅了の力を使い、付属校で騒動を起こしましたね?」


「騒動?たしかに騒ぎにはなりました!でもあれは周りが勝手に始めたことです!私のせいじゃない!」


「それについてのあなたの見解はどうでもいいのです。大学への通報がありました。あなたは研究活動において、魅了の力を使い、男性教授たちや男子学生たちから研究活動上の様々な便宜を得ていたと」


「そんな通報出鱈目です!私は誠実に研究活動に打ち込んできたんです!魅了の力を使ってズルするなんてありえません!それに因果関係がおかしいでしょ!私がサキュバスになったのは昨日ことなんですよ!!たった一日前のこと!なのにそれ以前の研究でサキュバスの力で不正を働いたとあなたたちは言うんですか?!馬鹿げてる!」


「ですがこちらとしては通報があった以上調査せざるを得ません。それに…。昨日の事故でサキュバスになったとあなたが擬装しているだけで、それ以前からサキュバスでなかったと果たして言えるのですか?」


「そんなの悪魔の証明でしょう!!私が昔らかサキュバスだって言いたいならあなたたちが証明してくださいよ!ふざけないで!」


「とにかく調査は決まったことです。もし不服があれば、あなたも代理人を雇って正式に抗議をしてください。ただ男性弁護士を雇うのはおすすめしません。たしかにサキュバス相手ならきっと男性弁護士ならただでしかも親身になって弁護してくれるでしょう。でももしも裁判になったとき、男性弁護士だと裁判官の心象が極めて悪くなります。一応ご忠告さしあげました。話は以上にしましょう」


 弁護士は出入り口に待機していた職員たちを私のデスクに呼び寄せた。彼女たちはデスクの上や引き出し、さらには私のロッカーの中のものすべてを段ボールの中に詰めて、外へ持ち出していく。その光景にただただ手が震えた。今までやって来たことが一瞬にして私の前から全部消え去った。からっぽになったデスクに今まで感じたこともないような寂しさを覚えた。弁護士と職員たちは証拠物を押収してすぐにいなくなった。教授がすごく気まずそうな顔をしていた。


「夢咲さん。なんと言っていいのか…。ただ君が不正をしていないのは良く知っている。だから調査したところで君の学位が取り消されたり、退学になる心配はないはずだ。…すまない今は耐えて欲しい」


「…教授。学会発表はどうなるんでしょうか…?手元に資料がないのに、プレゼンなんて作れません」


「残念だけど学会発表はなしになってしまった。政府からの指導でね。人前でサキュバスに講演をさせたくないそうだ」


「はは…何それ…」

 

 私がサキュバスだから研究の発表も出来ない?そんなバカな話なの?なんでそんなことになってしまったの?なる前から決まってたことじゃないか。


「すまないけど、調査が終わるまでは研究室の出入りは禁止となる。教職員や学生との接触も出来れば避けて欲しい。本当にすまない」


 教授は本当に申し訳なさそうにしていた。いままで彼の下で研究してきたし、以前の私のことを認めてくれていた数少ない恩師だ。だからこれ以上彼を困らせたくない。私は教授に一礼だけして何も言わずに部屋を後にした。





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