第6話 サキュバスだからってこれはない!
目を覚まして周りを確認すると、自分が昨日注射を打たれた部屋だとわかった。
寝ていたベットも同じ、だけど一応拘束服から病院着には着替えさせてはもらえていた。
時計を見ると朝の7時をちょっと過ぎたくらいだった。
そして昨日私を診察した女性医師がデスクで仕事をしている。
何かのデータとにらめっこしながら、プリントアウトした論文を読んでいる。
「起きたのね。着替えはそこにおいてあるから」
医師はこちらの方に目もくれずにそう言った。
彼女の言う通り、私の近くの台に私が通う学校の制服がおいてあった。
傷一つない新品。よく見ると業者の領収書がブレザーのポケットに入れてあった。
払えって事かな?こんなところに閉じ込めようって言うんだから、これくらいサービスしてくれてもいいんじゃないだろうか?
私が制服に着替え終わると、医師が私の方を怪訝そうな目で見ていた。
「なんですか?何か言いたいことでも?」
「今どきとは思えないほどスカート長いわね」
「校則ではこれくらいって決まってます」
「そんなの守る女の子っているのかしらね?ましてやあなたはサキュバスでしょ。スカート短くしないの?」
「太ももを晒すつもりはありません。みっともない」
「…随分と変わり者のサキュバスが来たものね。アルヴィエ中佐が言ったとおりね。あなたは絶対トラブルメーカーになる。社会にも弾かれて、サキュバスにも弾かれる。哀れだこと」
皮肉気な口調だが、不思議と瞳には本当に私への哀れみのような色が微かに見えた。
「さっきロメロ先生に連絡しといた.一階のカフェテリアに行きなさい。そこにすぐに来るから」
「まだ朝早いのにいるんですか?」
「私たち専門家チームは新入りが来たら経過観察のために当直する決まりになってるの。あんたのおかげで私は徹夜。勘弁してよね」
それはすみません。と口にしかけたが、されたことを考えると言いたくもない。
私は彼女に一礼して、医務室を出た。
一階のカフェテリアはなかなか洒落た場所だった。
まだ朝も早いので、残念ながらフードコーナーは締まってた。
さっき服とついでに財布が返って来たので、自販機でコーヒーを買って一服していた。
「やあ。おはよう夢咲さん」
ロメロ先生はすぐにやってきた。なぜかジャージを着ていて、手にはコンビニの袋がある。
「おはようございます。またコンビニの袋ですか?ふふふ」
昨日の繰り返しで、何か少し可笑しさを感じてしまい、笑みが零れてしまった。
「でも減ってるでしょお腹?朝のジョギングついでに君の分も買ってきたよ」
ロメロ先生と共にレンジコーナーに行き、お弁当を温める。
その時、ふとロメロ先生から微かに汗の匂いが漂ってきた。
不思議と不快ではない。
この匂いは私たち女には決して出せない男の気配に満たされてる。
もしこの人に圧し掛かられて、この匂いに包まれたら?
この人の荒々しさが私を圧し潰す時、どんな甘い痛みに包まれるのだろう?
その想像に思わず生唾を飲み込んでしまう。
そしてお腹がきゅっとして、唇が渇いたような気がした。
私は舌で唇をぺろりと舐めた。
「ずいぶんお腹減ってるみたいだね?」
ロメロ先生が優し気な笑みを私に向けている。
だけどすぐにわかった。私がおかしな想像をしていることにこの人は気づいてる。
「…はい。その…。減ってます…」
「まあ無理はないと思うよ。君は昨日サキュバスになったばかりでまだ効率のいい精気の使い方を体が覚えてない。一応逃げるとき民間人からそこそこ吸精してたけど、それも全部逃走のための身体強化に回してた。今の君はガス欠にちかいだろうね」
「どうすればいいんでしょうか?誰かから吸うのは駄目なんですよね?お金を払えばセーフでしょうか?」
「覚えておいて。当局の許可のない吸精は同意や金銭の授受があってもアウトなんだ。だけどそれじゃ君たちは生きていけない。だからこんなのがある」
そう言ってロメロ先生は、近くにある自販機を指さす。
そこには白い液体の入った透明な瓶がディスプレイされていた。
売っているのは一種類だけらしい。
「なんですかこれ?」
「サキュバスのための栄養ドリンク。これにはサキュバスが一日生きていけるだけの精気が含まれている。これを飲めば吸精しなくても大丈夫なんだよ」
ロメロ先生はそれを一本買って私に渡す。
「パークではこれが必ず一日に一本配給される。ちなみに一日に何本飲んでも別に健康に影響はないよ。もとっとも飲み過ぎても精気はそんなに大量には貯めこめないけどね」
私は渡された瓶をしげしげと見つめる。
振ってみてわかったが、なんかトロッとしてる。
白くてトロッとしている液体…!
「まさかこれ男性の精液から出来てないですよね?!やだ気持ち悪い!」
ネットの掲示板とかSNSとかではサキュバスは男の人の精液を好んで摂取するという。
彼女たちにとってそれはごちそうなのだという。
冗談じゃない!そんなもの飲めるものか!
私は瓶を先生に押し返す。
瓶越しであってもそんなもの触りたくない!
「いやいや。安心してそんなことないから。いくら何でもそんなものからドリンク作ったりなんてしないからね。これはボランティアの健康な男性から魔力を放出してもらって、それを溶媒に溶かし込んで、濃縮還元したものだ。男性の魔力には精気が纏わりついている。魔力と一緒に精気を補給するんだ。だから大丈夫だよ。安心して欲しい」
先生は優しく丁寧に私に説明してくれた。小児科の先生みたいだなと思った。
だけどやはり抵抗はあった。
サキュバスの持つイメージに引っ張られてるせいでドリンクが気持ち悪く見える。
「まあちょっと抵抗はあるよね。だけどこの色と感触以外のドリンクはあんまりないんだ。…見てて」
先生は持っていたドリンクの蓋を開けて、それに口をつけて一気に飲み干した。
「ふぅ。意外にくせになるんだよね。このドロッとした感じ。一応普通の人が口にしても大丈夫なように出来てる。まあ、うまくはないけど、飽きは来ない優しい味だ」
再び自販機からドリンクを一本買ってきて、私に渡した。
「どうぞ」
私はそれをおそるおそる受け取る。
この人は私に優しく配慮してくれた。
なのにここで私がいやいやとわがままするのは筋が通らない。
意を決して、ドリンクに口をつける。
ちびちびと一滴ずつ飲む。
…あれ?不味くはない?
いやむしろ美味しい?
ちょっと焦げ味のあるキャラメルみたいな甘い味だった。
私は結局すべてを飲み干した。
「…まずくはなかったです」
さっきまで感じていた空腹感は消えてくれた。
確かに精気がこのドリンクは含まれている。
「ならよかった。ここに来た子はけっこうそのドリンクに最初抵抗を持つんだよね。だけどそのうち馴染んでくる。これも一種の洗礼かな」
昨日から洗礼ばかりだ。
日常がドンドン遠くなる。
お弁当はもう温まっていた。
だから二人でカフェテリアに戻った。
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