第5話 純潔の証明

 遊園地の上を飛び越して、ヘリは地味な建物の前に降り立った。

 私は女性兵士たちに銃を向けられながら、ロメロ先生と共にその建物の中へと入った。


「ここは管理棟の一つなんだ。研究所も兼ねてる。君にはまずメディカルチェックを受けてもらう。やるのは女性医師だから安心して欲しい」


「また診察ですか?」


「サキュバスなのは明らかではあるけど、色々と裏付けをとらなきゃいけない決まりなんだ。…本当に申し訳ないけど、大人しく検査を受けて欲しい。ごめんね…」


 ロメロ先生は本当に申し訳なさそうに私に頭を下げた。そして女性医師と看護師たちがやってきて、私は彼女たちに引き渡された。

 彼女たちはなぜかひどく怯えたような顔で私を見ている。

 私は拘束されているのに、なぜそんなにも怖がるというのかわからなくて戸惑う。

 兵士たちもずっと私に銃を向け続けているし。

 いまさら抵抗なんてできないことくらい私にだってわかってるのだが…。

 医務室で行われた検査は、なんとも普通の健康診断みたいなもので逆に拍子抜けした。

 レントゲンとCTなんかを撮られて、心電図を測って。そんなものばかり。

 全部拘束服ごしなのには少々文句を言いたかったけど。

 そして。


「…これもですか?受けなきゃダメですか?」


 目の前にあったのは開いた足を固定する金具のついたベット。

 サキュバスになったから性病でも疑っているのか?

 それともただただ健康診断の一環なのか?

 正直な話抵抗感があった。

 股の間を他人に見せることを喜ぶ人間はいないだろう。


「あなたに拒否権はない。…あなたが嘘をついてないことを祈るわ」


 嘘とは一体何ことか?そう聞き返したかったが、医師の顔は恐ろしく緊張感に包まれているもので、聞くことは憚れるように思えた。

 私は大人しく言うことに従いベットに横になる。看護師たちが私のズボンと下着に手をかけて下ろし、足を金具に固定する。

 さらに上半身さえも、ベットにきつく固定された。


「ちょっと!いったい何ですか?!なんでこんなにきつく!むぐぅ!んー!んー!」


 兵士たちが私の口に猿轡を噛ませ、額と心臓にそれぞれ例の釘打ち機を突き付けてきた。

 身を震わせて抵抗の意志を示すが、それでも解放してくれるつもりはなさそうだった。

 兵士も医師も看護師も、ここにいる誰もが私のことに本気の怯えの目を向けていた。

 突き付けられた銃口さえも、よく見れば震えている。

 いったい何をしようというのか?恐ろしさに身震いが止まらない。


「確認します。兵士の皆さん。私が規定通りのサインを行ったり、口頭で指示を行ったりした場合は容赦なく引き金を弾いてください。また看護師たちはすぐに警報を作動させられるように覚悟しておくこと」


 その物々しい指示にいっそう恐怖の感情が募る。

 いったいどういうことなのだろうか?

 これから診るのは女性器なのに、なぜ場合によっては殺されるのだろうか。

 その意味不明さに目がくらみそうだ。


「では診察に入ります…!」


 医師の手が私の股に触れたのを感じた。そして広げられて、中を覗き込んでいる。

 目を細めているその顔は酷く緊張している。

 そして私のあそこから手を放して。

 ふぅと溜息をついた。

 医師は私の顔を見て、何故か鼻で笑う。


「はい。おめでとう。拘束を解いていいわ。このサキュバスは安全であり、パークへの収容条件を満たしています」


 そう言って医師はつけていたゴム手袋を外した。

 兵士と看護師はすぐに私の拘束を解いた。 

 だけど下だけは元に戻してくれず、下着とズボンだけは自分の手で戻すことになった。


「いったい何なんですか、今の診察?なんでこんなに物々しいんですか?」


 私は気になって医師に問いかけた。 

 彼女は私に何処か侮蔑的な笑みを浮かべて。


「聞いてないの?パークへ入れるサキュバスは処女のみよ。あなたは一応自己申告では処女だったけど、それを鵜呑みにするほど、私たちはサキュバスを信じてない。だから検査した。そしてあなたは運よく、あるいは運悪く処女だった」


 意味がわからなかった。なぜ処女のみがパークへ入れるのか?そして裏を返すならば、処女でなかったら今この場で殺されていたということでもある。


「何ですかそれ…。処女じゃなきゃダメって…。おかしいでしょそんなの。別に処女かどうかで何か変わるわけないでしょ?」


「たしかに人間の女ならそうね。処女かどうかで何かが変わるって信じてるのは哀れな男たちだけでしょう。でもサキュバスは違う。処女のサキュバスと、処女を捨て男を知ったサキュバスはまったく違う存在」


「何が違うっていうんですか?」


「危険性。男を知ったサキュバスには限界がない。彼女たちは男に抱かれれば抱かれるほど無限に強くなっていく。この性質については一般にはあまり知られてはいないけどね。だけど観測事例はゴロゴロしている。真祖の吸血鬼さえ暴力でもって退けるのが、処女を捨てたサキュバスという生き物の恐ろしさ」


「嘘?!そんな話聞いたことない!他の大陸じゃ真祖の吸血鬼は国さえ建ててるくらい強いのに!ニュースだってサキュバスは男の人にとってはまるで生きている麻薬みたいだから危ないって」


「まさかあなたはたかが男たちを魅了し操るから恐ろしい生き物だと思ってた?確かにサキュバスの吸精による脅威は麻薬問題に近い。だけど野良の個体数の少なさを考えれば、麻薬問題に比べてそこまで深刻であるとは言えない。それ以上に彼女たちが恐ろしいのは、一国家に匹敵しうる暴力を秘めていながらも、なんら統制を受けずにこの社会をフワフワと漂っていることなのよ。核弾頭が街中で何食わぬ顔をして歩いていたらと考えたら恐ろしさが多少はわかるんじゃないの?実際、ついこの間も他所の大陸で真祖がサキュバスに喧嘩を売って返り討ちにあったって報告が上がってる。一つの都市を巻き込んで、地形まで変わったそうよ。死者は少なく見積もっても100万。一都市の男たち全員が戦闘中に行われた吸精によって食い殺された。出鱈目すぎる」


「そんな…!」

 

 自分の体がそんな化け物になったという事実がひどく恐ろしい。

 私は自分で自分の体を抱きしめて震えを少しでも誤魔化す。


「だけど処女のサキュバスの能力には限界があるの。貯蔵できる精気は大した事ないし、それさえも男から致死量までは吸い取ることが出来ないようにできてる。能力が完全ではないため、戦闘能力にも自ずと限界がある。だからたとえ反乱しても対処は十分可能。というか処女でもなきゃ収容はおろか拘束もできない。ただごくまれに処女でないサキュバスが運よく拘束できてしまうこともあるから、検査には手を抜かないけどね」


 処女だから殺されずに済んだ。

 それは言葉にするとひどく屈辱的なことだと思える。

 他人の処女性を気にするなんて馬鹿げてる。

 だけどここの人たちにはそれは自分の命を守るために本気で気にしなきゃいけないことなんだ。

 

「気持ちわる…」


 思わず口に出てしまう。

 矛盾極まりない。

 処女のサキュバスなんて何の冗談なの?

 

「そうね。気持ち悪いわよね、あなたたちの性質って、ほんと気持ち悪い」


 私はそんなつもりで言ったわけじゃない。

 だけどサキュバスの性質が呪わしいことは十分に理解できた。

 

「さて、これでメディカルチェックは終わりよ。あなたは健康そのものであり、なによりも清らかなる乙女でした。よってあなたにはパークに入所する資格がある。国家によってその命の安全が保障されることになった。最後に一本注射をするわ。押さえてて」


 その命令を受けて、兵士たちが私の両腕両足を掴み、ベットに無理やり押さえつけた。

 医師の手には太い銃型の注射器があった。

 彼女の手が私の胸元を開いて、その針を胸に突き刺す。

 恐ろしい激痛が胸に響く。

 すぐにわかった。このはりは心臓に届いてる。

 何かの薬剤を直接心臓に刺された。

 兵士たちが離れてすぐに私は胸を押さえてベットに蹲る。


「今あなたの心臓にメディカルナノマシンを植えつけた。ナノマシンはあなたの身体をいつもモニターしてる。もし処女を捨てたら、それはすぐに私たちに通知される。あとは言わなくてもわかるわよね?」


 つまり誰かとセックスしたら、その瞬間に私は殺されるということだろう。

 私を抱きたがる男なんていないのにね。


「せいぜいその純潔を守り切りなさい。そうすればある程度の自由は認めてあげる。でも個人的にはいつでも捨ててもらって結構よ。そうすればあなたたちのような薄汚い生き物を心置きなく殺せるからね」


 医師はそう憮然と吐き捨てた。

 周りの者たちも私を見てニヤニヤと嘲りの笑みを浮かべている。

 なんでこんな理不尽を知らなければいけないのだろう。

 私はそのまま激しい痛みによって気絶してしまった。






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