第4話 サキュバス・パークへようこそ!
私は時折待ち伏せている兵士たちを掻い潜りながら、市街地を駆けていた。
もう何キロも走っているのに、息は切れない。
本当に人外の存在に堕ちてしまったのか。
『警告する!すぐに武装を解除し投降せよ!投降した場合、帝国軍は君の人権に最大限配慮する。だがこのまま抵抗を続けるのであれば、命の保障はできない。繰り返す…』
さっきから私の周りを軍のものと思われるドローンが飛び回っている。尻尾を伸ばして叩き落としたり、魔法弾の砲撃で撃ち落としても、あとからあとから湧いてくる。
税金の無駄なんだから私のことを追いかけるのなんてやめて欲しい。そんな軽口を飛ばしてやりたくなる。
そんなバカみたいな想像をかき消すように、轟音が後ろの方から響いてきた。
振り向いて空の方へ視線を向けると、そこには何機かの大型輸送機が飛んでいるのが見えた。そしてそのうちの一機の底部のハッチが開き、中に人型軌道兵器の姿があるのが見えた。
そしてその機体は空から私の方へと降ってきた。
「うそでしょ!?そこまでするの?!」
『当たり前だろうビッチ?お前ら相手に手を抜くほど我々は甘くはない』
私のすぐ後ろに着地した人型起動兵器から女の声が響いてくる。
そして私のことを恐ろしい速さで追跡してくる。
「来ないでよ!私は何もしてない!」
『やかましいんだよビッチ!お前は存在そのものが社会の害悪だ!』
機体からののしり声が響く。
それと共に機体の手にあるライフルの銃口から火花が散る。
弾は私のすぐ横を掠めていく。
「ほらほらほら!よけろ!よけろ!よけてみろ!一発で頭を弾いちまったら楽しくないからな!」
さらにすぐ横のコンクリが爆散し抉られていく。
撃たれるたびに私は進行方向をジグザグと変えていった。
『ほらほら!もっとケツを振れ!サキュバスらしくな!』
そして気がついたら私は大きな交差点の中心に辿り着いてしまった。大きな通りなのに車は一台も通ってない。
やられた!検問張られて無人になった場所に誘い込まれた…!
風を切るような音が聞こえて目の前に人型起動兵器が降りてきた。
さらに左右両方にも降下してくる。いずれもが私にライフルを向けている。
私は四方を起動兵器に囲まれてしまった。
もう逃げられない。
『やっと袋の鼠だなぁ。なあ、サキュバス?』
後の機体から楽しそうな声が聞こえ、胸部のハッチが開いて、中からパイロットが出てきた。
坊主頭で長身の女で目つきは鋭い。かなり怖い人に見えた。
彼女は軽快なフットワークで期待から道路に降りてきて、私の方へと迫ってくる。
「手こずらせやがって…。そんなに外の世界がいいのか?どうせ男に股を開いて腰を振ること以外お前らはできないというのに、なぜ自由を欲しがる?なあビッチ?」
「逃げるに決まってるでしょ!私は捕まらなきゃいけないようなことなんかしてない!サキュバスだってのも何かの間違いに決まってる!私は違う!サキュバスなんかじゃないの!信じて!」
「はぁ?ふざけんなよてめぇ…!さっき民間人相手に吸精しただろうが!言い逃れする気か!」
「仕方なかったの!ああしなきゃ写真撮られてた!ブラの写真なの!そんなの拡散したら生きていけない!」
あの時は仕方がなかった。上半身ブラなのに写真を撮られた。それに殺してない。生きているのはしっかりと伝わって来たのだ。
『写真を撮られて拡散される?それこそお前らビッチの本望だろうが!男の視線に晒されて乱れるて悦に浸るのがお前らの生態そのものだろう!』
「私そんないやらしい子じゃない!サキュバスなんかじゃない!人間なのぉ!」
「うるせぇんだよ!メス餓鬼!」
「きゃぁあ!」
私は坊主頭の女に思い切り腹を蹴られた。痛みも酷かったが、それ以上にその圧倒的な暴力の匂いと感触にガタガタと体が震え始める。
そのまま女は私の首を右手だけで持ち上げる。
「ぐっう!や…めて…かはっ…」
彼女の手が私の首を絞める。恐ろしい力だった。ちっとも空気が喉を通ってくれない。
「放してほしいか?」
声が出せない私は返事ができなかった。微かに顎を動かすことで肯定だと伝える。
「なら右手を上に挙げろ。そうすれば放してやる」
私は言われたとおりに右手を頭の上に挙げた。
坊主頭の女はそれを見て冷たく酷薄な笑みを浮かべて一言口にした。
「撃て」
その言葉が聞こえたと同時に耳の横を何かが掠めていくのを感じた。
そしてすぐにびちゃっとした音と共に、坊主頭の女の顔が真っ赤に染まる。
冗談を言ってやりたかった。トマトでも投げられたのかと嘯きたい。
違った。だって私の右手の方からこれまで感じたことのないような激痛が奔って来た。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
あまりの痛みに私は叫んだ。それともに坊主頭の女は私から手を放す。
私は道路に落ちた。そして腕を抑えてのた打ち回る。
右手の肘から先が消えてなくなっていた。
硝煙の匂いがあたりに充満してる。
近くの機体が持つライフルの先から煙が漂っていた。
私は人型起動兵器に撃たれたのだ。
信じられない。人間に向かって撃っていい兵器じゃないのに。
「ああっ!なんで!なんでこんなこと…!」
「お前らビッチは人間様の言葉がどうにもわからない。だから体に教えてやってるんだ」
「ふざけないでよ!?私は動物じゃない…!」
「そうだな。お前は動物ではない。動物ならまだ可愛げがある。お前たちは人外の雌だ。この世でもっとも質の悪い生き物だ。ほら。見てみろよ、自分の腕をな」
彼女に言われたとおりに失われた右手を見る。驚くことにそこには光り輝く精気が纏わりついて腕の形を作っていた。そして光は消えて、吹き飛ばされたはずの腕が元に戻っていた。
「そんな…こんなこと…!」
「そんな出鱈目な再生能力は人間には無理だ。わかってもらえたかな?お前は人外の中の人外。この世でもっとも罪深き生き物、サキュバスだということがな」
坊主頭の女は私のことを冷たい目で見下ろしていた。今までいろいろな蔑みの目を見てきた。私はブスでグズでバカでどん臭い間抜けな子だったから皆が私をそういう目で見てた。
だけどこの女の目はそれとは違う。もっと冷たくて、何より怖い。
「ちが…う…ぐす…。ちがう…の…すん…ちがう…わ…たし…はちがう…サキュバスじゃない…の…ぐす…」
体がブルブル震えて涙が止まらない。
「泣いたって無駄だ。女にサキュバスの涙は通用しないんだ。それにしてもまだ甘えてるのか。ビッチに成り下がったくせに、開き直れない弱虫め」
女は太もものホルスターから銃のようなものを抜いた。
それには銀色に輝く釘のようなものが装填してある。
「サキュバスは心臓を完全に潰さないと死なない。これはお前らを殺すためだけに作られた専用の釘打ち機だ。立派だろ?男のナニよりもずっとずっと深くお前らの体を貫ける」
「ひっ!…やめて…いやぁ…!いや!」
私は後ずさる。
だけどすぐに人型起動兵器のつま先にぶつかってしまい、それ以上いけなくなった。
「もういい。お前はピーピーうるさい。パークに送っても何の役にも立ちはしないだろう。せめてもの慈悲だ、ここで殺してやろう」
「お願い…許して…」
「そこまでにするんだアルヴィエ中佐!」
先生の声が聞こえた。原チャに乗って私たちの方へとやってくる。
そして坊主頭の女の横で原チャから下りて口論を始めた。
「アルヴィエ中佐!もう十分だ!その子はもう逃げられない!もうやめてくれ!」
「おや、ロメロ教授。わざわざ捕獲現場にまで出張って来るとは仕事熱心ですね」
「すぐにその釘打ち機をしまってくれ!その子は保護対象だ!」
「ですが反抗的なものでね。こういうやからはパークに送っても鬱陶しいばかりで何の役にも立ちません。今ここで殺してやるのが慈悲でしょう?違いますか?」
「そんなことはない!この子はまだ自分のことがわかってないだけ!今日突然サキュバスになって混乱してるだけなんだ!まだ子供だ!人生これからの子供なんだ!」
「人生?それは人間の話であって、サキュバスには関係ない概念では?」
「そんな言葉遊びをする気はない!サキュバスは生態こそ異なれど、人間と変わりなく生きていけるんだ!この子にも生きていく権利がある!それを奪うような真似は断じて許さない!」
先生は坊主頭の女の持つ釘打ち機の前にたった。庇ってくれている。
さっき私はこの人を気持ち悪いと罵ったのに、この人は私を庇ってくれている。
「アイリーン。頼む。それを下ろしてくれ。お願いだ」
「はぁ…。やめてくださいよ。下の名前で呼ぶのは…。興が冷めたな」
坊主頭の女はくぎ打ち機をホルスターに戻した。
「良かったなメス餓鬼。ナイトの登場だ。お礼に股でも開いてやれ。男はそれでなんでもしてくれるぞ。くくく」
挑発的に女は笑う。
「アイリーン!」
「失礼、教授。では輸送ヘリを用意します。しばしのご歓談を…」
わざとらしく気取った様子で胸に手をあてて会釈し、坊主頭の女は自分の起動兵器のコクピットに戻っていった。
すぐに空の方からヘリが近づいてくる音が響いてきた。
「…ありがとうございます、先生」
「いや。気にしなくていい。彼女はいつもああなんだ。一種の洗礼だね。立場をわからせるためのね…。これからヘリが来る。そしたら君を帝都サキュバス・パークへと連れていく」
「サキュバス・パーク…。男の人専用の遊園地の?」
「そうだよ。でも君たちサキュバスにとっても意外に過ごしやすいところになってる。だから安心して欲しい」
ネット広告や深夜テレビのCMで見たことがあった。
驚くほど綺麗な女たちがそこにはひしめいていて、男たちに甘い夢を見させるという。
私は拘束具をつけられて、ヘリに乗せられた。
帝都郊外に向かって飛ぶヘリ、その横を人型起動兵器が随行飛行して、こちらに、いいや、この私にライフルをずっと向けていた。
そしてヘリの窓にキラキラと輝く光が入って来た。外を見ると派手なネオンに輝く小さな町が見えた。
目を凝らすと街中には私のように羽と尻尾と角を生やした女たちがいた。
皆露出の激しい派手で煽情的な衣装を着て、男たちを出迎えていた。
「ここがこれから君が生きる世界。世界一煌びやかな監獄。サキュバス・パークへ、ようこそ。夢咲 操さん」
遊園地から放たれる光でひどく目がちかちかした。
こうして私はこんなところにやってきてしまったのだ。
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