第4話

◇◇


 翌日の昼休み。カズくんの登場に、教室がざわついた。


「伊倉くんがわたしに用事? すごく忙しいけど、仕方ないわねぇ」


 神楽坂さんは渋々といった風に言ったものの、弾むような足取りでカズくんの背中を追いかけていく。

 すぐさま私は教室に残った斎藤さんと小久保さんの元へ近寄った。


「ねえ、例の塩屋さんの教科書の件なんだけど――」


 そう切り出したとたんに、二人とも渋い顔をして口を固く結ぶ。

 何も話すことはない、という意志のあらわれだ。

 でもそれでいい。


「実はね。事情を知った伊倉くんが、事件解決に一役ひとやく買ってくれることになったの」


 勝負はホームルームなのだから。


◇◇


 放課後。廊下ですれ違ったカズくんがこっそり私に耳打ちしてきた。


「頑張れよ。あとさ……。事件には動機がつきものなんだろ? それを忘れない方がいい」


 動機?

 いったい何のことだかよく分からないまま、教室に戻る。

 しばらくして教壇に立った大森先生が、私に視線を向けた。


「では塩屋の教科書がなくなった件についてだ。明智、何か証拠は見つかったか?」


 私は勢いよく起立した。


「その件について、神楽坂さんに協力してもらいました!」


 私が目配せすると、神楽坂さんもまた起立した。


「では私から説明しまぁす!」


 教室中の目が神楽坂さんに集まる中、私は斎藤さんと小久保さんの表情に注目していた。二人の顔にあきらかな狼狽ろうばいの色が混じっている。


 ――伊倉くんが神楽坂さんに事件の全容ぜんようを明かすようにうながしたら、彼女は聞き入れてしまうのではないか。そうなれば自分たちに罪をなすりつけるだろう。


 そんな恐れが二人の胸の内を渦巻いているに違いない。

 でもカズくんが神楽坂さんに告げたのは、


 ――生徒会長として、明智さんと神楽坂さんには、もっと仲良くなってほしい。だから塩屋さんの件は、二人で協力して、真相を追ったということにしたらどうかな? 


 ということだ。

 そして教室に戻ってきた神楽坂さんは私にこう言った。


 ――伊倉くんの言う通りにするわ。でも私は友達を裏切らないから。


「塩屋さんの教科書がなくなったのは、体育の授業中。その授業を休んだのは、斎藤さんと小久保さんねぇ」


 神楽坂さんが二人の名を挙げる。彼女たちは一様に顔を真っ青にして、ガタガタと震え出した。

 さあ、ここが勝負どころよ!

 神楽坂さんの次の言葉は「二人は潔白でぇす」に決まってる。

 だからそれを言う前に、二人が立ち上がれば、私の勝ち。

 立ち上がらなければ、私の負け。

 祈るようにして目をつむった。

 そして次の瞬間――。


「先生!」

「私たち犯人を知ってます!!」


 聞こえてきたのは斎藤さんと小久保さんの声だった。

 ぱっと目を開くと、鬼のような形相の神楽坂さんの姿。

 

「あんたたちは黙ってなさい!」

 

 神楽坂さんの金切り声が飛ぶ。

 でも二人は止まらなかった。


「これから真相を包み隠さず話します!」


 神楽坂さんがワナワナ震えている。

 もう誰の目にも彼女が真犯人であるのは明らかだった。

 私の勝ちね。

 でもなんでだろう……?

 モヤモヤが胸から取れない。


「やめてぇ!!」


 神楽坂さんの悲鳴が教室を震わせたその時。

 

 ――事件には動機がつきものなんだろ?


 カズくんの声が脳裏をよぎった。

 動機……。

 神楽坂さんが塩屋さんの教科書を盗った動機は「教育指導の先生に告げ口したことへの報復」であるのは明白。

 だから私が考えるべき動機は、この件じゃない。

 もっと前の……。


 神楽坂さんがモエッチにちょっかいを出したこと!

 

 そこまで考えたとたんに、神楽坂さんの言葉がよみがえってきた。


 ――だから明智さんたちとも仲良くしたいの。ただそれだけ。


 まさか……。

 けど深く考える前に、私は大声をあげていたのだった。


「ちょっと待って!! 私に考えがあるの!!」





 


 

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