第3話

◇◇


 小部屋を出てモエッチと別れた私は、校庭の脇にあるベンチに座り、ボケっとサッカー部の練習を見つめていた。

 オレンジ色に染まった校庭に、部員たちの影が右へ左へせわしなく動いている。

 止まってしまった私の心とは正反対だ。


「はぁ……」


 大きなため息とともに、自然と視線が落ちていく。

 ……と、その時。


「おい、琴音ってば」


 前方から私の名を呼ぶ声がしてきた。

 はっとなって顔を上げると、西日にしびを背にした長身の男子の姿が目に入る。

 端正たんせい顔立かおだちに、サラサラしたナチュラルブラウンの髪。

 サッカー部のエースにして、新しい生徒会長、さらにテストでは常に学年一位。

 あの神楽坂さんですら「デートできるなら、なんでもする」と公言している、学校一のイケメン、伊倉和也いくらかずや。私と同じ中学二年で、違うクラスだ。

 でも生まれた時からお隣同士となりどうしの私からしてみれば、いくつになっても『泣き虫カズくん』まま。小さい頃、いつも泣きながら私の背中に隠れていたのが頭から離れない。


「ああ、なんだカズくんか」


「なんだ、って言い方はないだろ? せっかく心配して声かけてやったのに」


「別に。なんでもないから」


 ふいっと顔をそむけた私に対し、カズくんはグイッと顔を近づけてきた。


「琴音はいつまでたっても変わらないな」


「なによ? それ」


「ウソつく時に鼻の穴が広がるクセ」


「んなっ!」


 慌てて鼻を両手でおおう。カズくんはまぶしい笑顔で続けた。


「ここにいたってことは、俺に何か話したいことがあるんだろ」


「別にそんなんじゃ……」


「ちょっと待ってて。すぐに着替えてくるから」


「ちょっと! だから違うって!」


 私の制止など無視して、更衣室の方へ駆けていくカズくんの背中を見ているうちに、こわばっていた肩の力が抜けていくのが分かった。

 きっと無意識のうちに、彼に話を聞いてもらうことを期待していたのかもしれない。


「お待たせ。じゃあ、帰ろっか」


 学校から家までは歩いて10分。

 その間に私はこれまでのことを包み隠さずカズくんへ打ち明けた。


「なるほどね。琴音は神楽坂さんに追い込まれちゃったわけだ」


「そうなの……」


 家の近くの公園で、ブランコに並んで座る。

 うつむいた私をじっと見つめていたカズくんは、しばらくしてからニコリと微笑んだ。


「一つ聞きたいんだけどさ。琴音はどうして、塩屋さんのために頑張るんだ? そんなに仲良くないんだろ」


 ズンと胸を強く打つ問いだ。

 ほんのちょっとだけ、どう答えようか迷ったけど、どんなに言葉を飾ってもカズくんには通じない。だから素直に答えた。


「認めてほしいから」


「誰に、何を?」


「みんなに……。私は名探偵の名を継ぐのにふさわしい人だって。それに困ってる人をそのままにするのは嫌だし……」


「そっか。琴音らしいな」


 ますます口角を上げたカズくんが私に手を差し伸べる。


「協力するよ。俺も琴音が名探偵になるのを助けたいから」


 ドキンと胸が高鳴り、とっさに動けなくなってしまった私の右手を、カズくんはぎゅっと掴んで、私を立たせた。

 彼の大きな瞳を見つめるうちに、腹の底から消えかけた火が再び燃え上がってくる。同時に一つの『賭け』が、ふわっと脳裏に浮かんできた。

 私は彼に向かってぺこりと頭を下げた。


「お願い! 明日の昼休みに、神楽坂さんを呼び出して!」


「どういうことだ?」


 この賭けしか、手立ては残っていない。

 私は空に輝く一番星に祈りを捧げた後、カズくんに作戦を告げたのだった――。





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