第6話 想定の外側

 戦略コンピュータですらそこまで余裕を失っているのに、ベテルギウスには女がいるんだな、と唐突に言った私の顔を星が見上げる。


「いや、ベテルギウスにも女は私しかいない、はずだ。少なくとも活動している女は」


 星は地平線から完全に姿を表した月を再び見た。

 なぜあなたが生まれたんだ? わざわざ女を誕生させながら、こんな砂漠に放置しているのはなぜなんだ?


「私が生まれたのはミスだよ。まず、受精時のミス。X染色体を受精させてしまった。そして成長時のミス。合理化で生育ラボの技官が廃止されて、誰も成長途中の私を見ていなかった。目視で確認していれば、胎児の段階で廃棄されたはずだ。そしてシステム設計のミス。システムが男か女かを判断する仕組みがなかった。想定外のミスが重なりに重なって生まれたのが私だ」


 2種類の人間すらも養う余力をなくしているのはどこも同じのようだった。


「私が生育ユニットから出てきて周りも驚いていたけど、一番驚いたのは私自身だ。仮想体験教材から提供された体験は、全て男の体だった。自分自身の現実の体がそれと違っているなんて、誰が思う。あの仮想現実だって、自身にとっては現実に違いない。突然体が醜く作り変わってしまったようで、現実を受け入れられず、精神に変調をきたした」


 よく克服したな。


「いや、克服なんか、してない。今でも、服を脱ぐたびにがっかりするんだ、自分自身に。これは本当の自分じゃない、こんなのは欠陥品だと」


 星が1人砂漠の哨戒任務に就いている理由は、それか。


「あなたはどうしてこんな砂漠に来たんだ?」


 精神検査で欠格になったからだ。思考パターンが、非合理性に偏りすぎていると。


「そうなのか。でも、よかった。あなたがいてくれて。ずっと仲間が欲しいと思っていたんだ。何の利益ももたらさないものを、ただ美しいというだけで価値あるものと思っている仲間が」


 星は私を見上げる。ああ、生育ラボの技官が廃止されて、本当に良かった。技官がいたら、星には会えなかった。システムを組み上げた技術者たちもまさか、技官が廃止されるとは思っていなかったのだろう。だからこそ、男か女かを判定するシステムをわざわざ組み込まなかったのだ。人間の目で見れば明らかだから。


 技官がいなくて、本当に良かった。


「なぜ? あなたは興味深いことを言うな」


 星は声を出して笑う。その声は、どうしようも無く私の精神を高揚させる。

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