第5話 言葉の跳躍
終わらない戦争に明け暮れているこの惑星で、唯一不可侵が守られているのが発送電衛星だ。この星の全てのエネルギーを賄っている。これがなければ、軍も機能しないし新しい人間を生み出すこともできない。食糧ラボも浄水ユニットも動かすことができなくなり、人間は直ちに絶滅するだろう。そしてこの惑星にも再び静寂と平和が訪れる。
その想像は、何の精神的起伏も生み出さなかった。しかし、「人類」を「星」に置き換えると、途端に混乱が生じて、それ以上の想像を難しくする。嫌だ耐えられない、そんなことは。
わかっている。「欠格」の理由は自身のこういった思考パターンだと。
「あの衛星に守られながら続けるこの戦争の意味は、何なんだろう」
星は言う。
「そして、意味なんかなくても、目的なんかなくても、生きていられるのはなぜなんだろう」
言葉は一気に跳躍する。その問いに対する答えを私は持たなかった。
「生きていることと死んでいないことは、どう違うんだろう」
星の言葉は夜の砂漠に吸い込まれて消えていった。私たちは夜空を眺めながら、黙っていた。
私は星の言葉に対する答えを考えていた。生きるのは戦争のためで、戦争は生きるためだった。生きていることは死んでいないことで、死んでいないことは生きていることだった。論理の輪から抜け出せない。
「生物と無生物の境界はどこにあるんだろう。存在と非存在の境界はどこにあるんだろう。かつての人間は、いや、この惑星に移住しなかった人間は、その答えを持っているんじゃないか?」
私は答えられなかった。
もし、星が口にした疑問の答えを持っている、持っていたとしたら、人間というのは恐るべき存在だと思う。
ピッ、と私のビークルから微かな警告音がする。哨戒作戦の行動計画から外れているという警告だ。
星が私の方を見るので、警告音だということを説明する。
「真面目だな」
星は、思ってもみないことを言う。どういうことか尋ねる。
「少なくともベテルギウスの戦略コンピュータは、こんな砂漠での哨戒任務の内容を解析するための余力は持っていない。確かめたんだ。戦略コンピュータに報告を送っているように見えているのは、ダミーだ。シリウスも似たようなものじゃないか?」
世界がぐらりと揺れる。意味などなくても、目的などなくても、生きていられるのはなぜなのだろう。目的を失った時、どうやって生きていけば良いのだろう。無目的に生きることは可能なのだろうか。ただ生きていることは、許されるのだろうか。
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