第4話 名前の機能
「今日は満月だ」
彼女が東の空を指す。太陽と入れ替わるように、地平線からじりじりと満月がせりあがってくる。まもなく月の衛星、「月の月」も姿を現すだろう。
「月が明るすぎて星を見るには向かないけどな」
言われてみれば確かにそうだった。しかし言われるまで、満月の日は星が見えにくいということすら気づいていなかった。
「でも、これはこれでいいんだ」
並んで月が昇る様を観察する。じっと見ていると、月は思ったより速く動いている。
こんなにじっくりと月を見たのは初めてだった。月は気がつけば空にあるもので、それに特に注意を払うことはなかった。夜間行動でもあれば別だが、この見捨てられた砂漠にはそのようなものはない。夜はただ、休息ユニットに入って休眠するだけだ。こんなところに夜襲をかけてくる者はいない。
「あなたの名前は?」
彼女の目が月明かりを反射する。私は識別コードを答える。この星ではそれが「名前」だった。
「それは識別コードだろう。他国人の私には意味がないものだ」
そう言われると、何も言えなくなる。他国人にも機能する名前は持たなかった。
「じゃあ、今日からあなたは『ユウヒ』だ」
ユウヒ、と呟く。
「そう。夕陽を見てるんだろう、いつも?」
夕陽、か。それではあなたは「星」なんだな。
「『星』か。いいな。じゃあ、今日から私は星だ」
星は笑って言う。笑顔にも色々な種類があるのだということを知る。かつては、この様々な笑顔にも相応しい呼び名があったのだろう。それらは戦争によりことごとく破壊され死に絶えてしまった。
「ああそうだ。あれがシリウスだ」
星が天頂付近を指さす。その先には無数の星々。彼女がどれを指しているのか全くわからない。あの、ひときわ明るい星だろうか。
「違う、それは第4惑星だ。ほかの星のように光が揺らいでいないだろう?」
そう言って星は私のすぐ隣に移ってきた。肩と肩が触れ合いそうな距離。
「…そうだな。第4惑星から」星はまずこの星の隣の惑星、第4惑星を指して、指を右に真っ直ぐ動かす。「右に真っ直ぐ進んだところにある、あの、青白い星だ」
なるほど、とわかったようなことを言う。本当は全くわかっていない。実は星の手を見ていた。
「今日は、東の低い空を衛星が横切るんだ」
衛星というのは?
「発送電衛星。この星の生殺与奪権を握ってる、あれだよ」
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