第3話 報復の応酬

 ある1日が他の1日と区別されたように感じるのはなぜだろうか。昨日と今日、今日と明日は連続した時間の流れの便宜的な区切りであって、それぞれに意味などはない。それなのに、そこに特別な意味を見出してしまうのはなぜだろう。

 日々の偵察ルートは戦略知性体が指示してくる。昨日のポイントを特に注視すべき地点に指定し、偵察時間を入力すると最適なルートを弾き返してくるので、あとはそのとおりに行動するだけ。作戦日誌には毎日「異常なし」の言葉が並ぶ。昨日も今日も明日も。

 一定の条件下に留まる限り、時間の流れは均一のはずだ。それなのに、時刻を確認するたび全く時が進んでいない。不思議だ。


 空の色が変わり始める。ようやくだ。こんなにも長く感じる1日はなかった。

 ビークルの戦略知性体が警告音を発する。指示された方向を見ると、空を横切る飛翔体を目撃する。航空機ではない。時刻、方角、進行方向をビークルの観測機で観測する。プロキオンからシリウスに向かっているミサイルだ。あの先には我が国がある。シリウスは迎撃ミサイルで破壊するだろう。わかりきった結果。


 昨日の地点には、予定どおりの時間に到着した。ベテルギウスのビークルが既に停まっているので、隣につける。


「見ろ」


 彼女が空の一角を指す。


「報復だ」


 夕焼けの空を横切る飛翔体。私はただ頷く。あれも簡単に迎撃され、効果ある攻撃にはならないだろう。

 私は空を見上げる。青から橙へのグラデーション。この毎日で、唯一価値あるもの。太陽は地平線に接するとその形を変え、溶けていく。

 気がつくと、彼女も私の隣でビークルにもたれて日没を観察していた。

 何かを話したいと思うが、何を話せば良いのかわからない。相手は敵国の兵士で、そもそもこうして言葉を交わしていること自体があり得ないのに。


 昨日も言ったが、ここは我が国がシリウスの領土だ、と太陽が消えてしまった地平線を見ながら言う。


「そうか? こちらの戦略知性体は、ここはベテルギウスの領土だと判断しているが?」


 彼女は笑顔で言う。精神疲労を取り除き、自身をリラックスさせるために意図的に笑顔を作ることは推奨されているが、笑顔を向けられたことは初めてだった。全身を血液が駆け巡り、体温が上昇するのを感じた。


「やめよう、こんなくだらない話は。もうすぐ月が昇る」


 彼女は袖を引き上げると、時計を見た。その時計は大きすぎた。なぜこんなに大きなサイズの時計をしているのかと疑問に思い、そして気づく。時計のサイズなどあるはずがない。彼女が小さいのだ。

 体の奥でゴトリと音がした。

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