第2話 精神の動揺

 この場所は我が国の領土だ、わかっているのかと問うと、彼は、いや、女だから「彼女」か、とにかくその兵士は初めてこちらに顔を向けた。


 薄い褐色の肌に黒い髪と黒い瞳は、我が国の人々と同じ。しかし、この惑星に移住してきた民族をルーツに持つとはいえ、長年3つに分かれて交流もなく戦争を繰り返してきたせいで、外見的な特徴が生まれている。

 我が国シリウス、この兵士の国ベテルギウス、あともう1つの国プロキオン、そのいずれに属する兵士かは、顔立ちを見ればわかるが、その特徴を言い表すための言葉は失われて久しかった。植込み学習によって辞書に搭載されている言葉は脳にインストールされているが、それが実際に運用される場面に遭遇することがなければ、適切に使用することができない。普段は兵士をそれぞれ区別する必要などないので、外見を表すための形容詞は、ますます古びて死んでいった。


 この兵士の顔は完全にベテルギウスの特徴を有していながら、私が見たどの者とも異なっていた。全体的な骨格が小さいから、結果として頭蓋骨も小さく、それによって違いが生まれているのだろうか。それにその声。その声を聞くと、精神の動揺が起こる。心拍数が上昇する。軍医のカウンセリングを受けるべきかもしれない。軍医がこの現象の解決法を持っているかはわからないが。


「そんなことより、あなたはなぜ空を見ていた」


 目の前の兵士が、高い細い声で言う。国境の侵犯が「そんなこと」とは。

 この砂漠に見るべきものはこの時間の空しかないからだ、と答える。


「なぜそう思う」


 そう問われて、早くも手詰まりになる。わからない、と答える。


「明日もこの時間にここを通るか」


 その問いには簡単に答えられる。イエス


「明日も会えるだろうか」


 急速に光度が失われていく中、その兵士の目がきらりと光を反射する。精神の動揺が大きくなる。イエス、と答える。


「明日もここで会おう。私は明日もここで星を見ている」


 星?


「そう、星。あなたが夕陽を見ているように、私は星を見ている」


 私は空を見上げる。私にとって星とは、地上から見える恒星の光以上の意味はなかった。なぜ?


「好きだから」


 彼女は笑って答えた。

 ぐらりと足元が揺れた気がした。後で確認しても、その日その場所で地震等の発生はなかった。

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