戦争の惑星 砂漠の夕陽と欠陥品

有馬 礼

第1話 砂と空

 私達は人間だった。かつては確かに。いや、今だって、生物学的にはれっきとした人間であって、その点だけ取ってみれば私達はまだ人間だと言えるかもしれない。

 だが、遺伝子マッチングで生み出され、この環境に最適化された私達は、「人間」であって、人間ではない。


 昔、この星には、母星を追われたある1つの民族が移り住んだ。彼らがこの星を見つけたのは、全くの偶然であり幸運だった。他の民族に羨まれながらこの星に移住した彼らは、最初は友好のうちに繁栄を遂げた。美しい星を守りながら文明を発展させていくうち、当初の理念は失われ、国が興り、やがて争いが起こった。

 星は最終的に3つの国によって分割された。三つ巴の争いを続けているうち、文化は衰退し、社会は貧困になり、遂には多様な人間を育む余裕さえも失われた。身体能力や頭脳に優れた者の遺伝子を採集し、マッチングさせ、戦争の遂行に役立つ人材のみが生み出された。明晰な頭脳、頑健な身体、恐れを感じぬ合理的な精神。

 この星の人々は今や、愛や美しさとは無縁の存在だった。人生とは戦争の合理的な遂行であり、死とはその任務の終了にすぎなかった。個体を識別することには最早価値が見出されなくなり、名前というものも失われて久しかった。個体を他と識別するためのコードはあるが、それは弾薬のロット番号と大差なかった。人と弾薬の違いがどこにあるかと問われて答えられる者は、ここにはいない。


 かつてはこの星にも、愛や美があったという。それはどんなものだったろう。そんな非合理的な存在に思いを馳せる私は明らかに欠陥品であり、精神検査で欠格とされ、戦略的価値が低いこの砂漠の警備に回された。砂と空しか見えないこの場所を、決められたルートで走るだけの日々。この毎日はいつ終わるのだろうか。

 そんな日々の中で、見る価値のあるものは、この時間の空だけだった。四輪ビークルに寄りかかり、空を見つめる。

 燃えるような空の色、溶けるように地平線に沈みゆく太陽。これらが呼び起こす精神の起伏の正体は。


 私は幌とドアのない砂漠用四輪ビークルの運転席に乗り込むと、発進させる。荒涼とした砂の海。かつては、3つの国が接するこの砂漠を巡って血が流れたこともあったが、今となってはこの土地を顧みる余裕はどの国にもない。ここを走っているのはいつだって私1人だ。

 しかし今日は違った。先程の私のように、砂漠の真ん中に車を停めて佇んでいる者がいる。


 相手のビークルや装備は我が国のものではない。GPSを確認する。相手の立っている場所は我が国の領土だった。私は侵入者を排除しなければならない。

 停止して座席の下からマシンガンを取り出す。ビークルを降り、マシンガンの安全装置を解除する。

 私の誰何の声に答えはなかった。


「あなたはこの風景を見たか? どう思った?」


 銃を向けられているのに動揺している様子もなく、その人物が前を向いたまま私に言った。細くて高い声。それが「女」という存在だと気づくまでしばらくかかった。学習装置によって脳に直接植え付けられた知識をようやく引き出す。この星は今や、男と女という、二種類の人間を養う余裕すらなかった。女を見たのは初めてだった。


「人間の心はまだ、美しさを忘れていないと、私は思う。取り戻す。私は諦めない」

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