塔の中の魔女(改)

一帆

第1話 プロローグ

 はぁっ…… はぁっ ……は……


 息の音が耳に届く。もう限界だ。カシーブの足音に比べて、私の足音が遅れがちだ。私は前を見て、ただ走ることに集中が出来なくなりつつあった。


「危ない!!」


 突然、目の前に現れたのは、私の倍の大きさはあるだろう赤トカゲ。隣を走っていたカシーブが私を突き飛ばした。赤トカゲの口から飛び出た赤い粘液がカシーブにかかる。じゅっと肉が焦げる匂いと共に、カシーブの顔半分がただれる。それでも、カシーブは剣を握りしめ、赤トカゲに切りかかる。


「俺のことは構うな。それより先に行け。こいつを倒したら、塔に戻る。あとは頼んだ」


私は、涙をぬぐいながら一つ頷いて走り出す。ここへ来たときは7人だった。それがもう、私一人だ。

 

 ぜぃ……ぜぃ……


 私は一人、剣を握りしめる手に力をいれて走る。足も心臓も悲鳴を上げている。それでも、前へ進む。


 ―― こんなところで倒れるわけにはいかない。貴女を助けるために。私を信じて力を貸してくれた友のために。


 手のひらほどの吸血蝙蝠が前から飛んでくる。『ルート・フォテア』と短く唱え、『天穹の片翼』と名付けられた魔剣に火の魔法をかける。走る速度を落とさずに魔剣をふりあげれば、炎が蝙蝠たちを襲い、たちまちに小さな赤い魔石に変わる。一瞬だけ輝いたかと思うと、カランと音をたてて地面に落ち……。


 





―― 私は間違っていた?

貴女を、塔から出すことは正しいことだと思っていた。 

不自由な檻の中から解放されて、自由に生きるべきだと。

そう信じていたのに……。



 魔剣を握りしめ、自問しながら私はただ一人、貴女のもとへ

 真っ暗な闇の中を走り続けた……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る