魔王の天眼

 エリーと澪がこの世界に転生して三十年ほどが経った時、突然世界が暗雲に包まれて魔物の大軍を引き連れた異形の魔王が降り立ったらしい。


 世界中の国々が魔王に支配されてゆく中、立ち上がったのは他の世界から来た七人の魔術師だった。


 その内の二人が他でもない、エリーと黒辻。


 彼らはその圧倒的な魔術で魔を焼き払い、そして死闘の末魔王の討伐に成功した。

 支配から解放された人々は彼らを湛え、畏敬の意を込めて彼らをこう呼ぶことにした。


 暗闇を払い退け、我々を解放してくれた存在。


――解放者――と。




 「それが俺たちが解放者って呼ばれる由縁か」


 本来は当の七人を指す名称だったのだが、長い年月の中でそれは他の世界から来た人間の総称となってしまったらしい。

 納得したように頷く仰木に対し、キサラギはじっと義手を見つめたまま黙り込んでいる。


 「……? キサラギ、あんたも初知りだったのか?」


 「……いや、解放者の由来は知っていたが、あの魔女と魔術師がかの七英雄だとは知らなかったんだ……」


 「その呼び名はやめてくれよ。目立ちそうで苦手なんだ」


 城下町で聞きかけた紙芝居、その登場人物の一人が目の前にいると思うとなんだか不思議な感覚に囚われる。

 エリーに向いた仰木は本題を問いかけた。


 「それで、その魔王討伐がOLの力となんの関係があるんだよ?」


 「話が脱線してしまったね。これは世に広まっていない事実なんだけど、僕らが魔王を討伐した際に魔王の強大な力が爆ぜてね。すぐ近くにいた僕ら七人の身体に取り込まれた。そこで澪が得た力が魔王の天眼。空から見える全てのものを見渡せる千里眼さ」


 これには仰木と共にキサラギも大きく動揺した。

 二人を横目にエリーは続ける。


 「力を切っている時は何でもないんだけどね。発動するとその力は魔術の比にならない。葉の上で転がる虫一匹見逃すことはないと彼女は言っていたよ。その力が今、空に展開されてるはず。標的さえ捕捉できれば魔術の力で雷撃でも落としてしまえばいい」


 超高性能のスコープを携えた雷撃が、天から地上を狙い撃つ。


 すべては憎き一人の男を見つけ出し、殺すため。

 戦うどころか、まともに外を出歩くこともままならないだろう。


「今、世界は澪に支配されているも同然なんだ」


 静かに流れる、絶対不利の理。

 それは仰木の心を折るのに充分過ぎた。


 「……そんなバケモンにどうやって勝てって――」


 「魔術師」


 仰木の言葉を遮ってキサラギは立ち上がった。


 「貴様は何の力を得た?」


 「力?」


 「魔王の力が爆ぜて取り込まれたと言っただろう。貴様も魔王の力を吸っているということだ。おおよそあの魔女と同じほど強力な」


 彼を見つめたエリーは答える。


 「ああ、僕のはさっき伝えた通り、解放者含めいろいろな気配を広く鋭く感じ取れる力だよ。魔王の六感……さ」


 「――――!!」


 息を呑んだキサラギ。身体が少し震えている。


 「どうしたんだい? 顔色が――」


 その時、部屋の扉がどんどんと叩かれた。眼を向けた三人の先にいたのはどこかで見た薄着の三人組み。


 「おお、おっさんたち!」


 中年男性に背の低い少年、そして露出度の高い女性。

 転生したての仰木を介抱した、あの小屋にいたギルドの三人組みである。


 「おう! 今戻ったぜ!」


 立ち上がった仰木に、中年男性が答える。

 エリーも身体を向けて問いかけた。


 「外の様子はどうでしたか?」


 「もう大荒れっすよ! 雨は滝みたいに降ってるし風は竜巻みたいだし……。魔物もいっぱいいたっす!」


 良く見れば三人の身体は雨でずぶ濡れだった。

 手をぶんぶん振って伝える少年を押し退けて、濡れた髪を振った女性が言い放った。


 「魔物なんてどうでもいいんだよ! あんたが言ってた空に浮かぶ不気味な眼、本当にあったよ!? それも空を埋め尽くすほどたくさん! ありゃなんだい!?」


 エリーは眉をピクリと動かした。

 女性が言った空に浮かぶ眼。それはきっと先程エリーが説明した澪の持つ魔王の力、天眼であることを仰木とキサラギも察した。


 「……やはりすでに展開済みでしたか。彼女もいよいよ手加減をやめたということだね」


 首を傾げた三人を前に、立ち上がったエリーはフードを深く被った。


 「この街オーグガルド周辺に霧の結界を張ります。街の入り口まで案内をお願いできますか?」

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