魔女の力
「良くあの状態の俺らにしがみ付いたよなぁ下級軍師さんよ」
腕を組んだ彼に仰木は言った。
「やたらと歯痒いからその呼び方はやめてもらおうか仰木。それにあの時の判断は我ながら英断だったと自負しているんだ」
彼、キサラギは王国で起きた異常事態の際、城下町を滑空していた二人が消え去るその瞬間、迫る黒辻を恐れることなく飛び込んで仰木の足元を掴んだ。
そのまま一緒に飛ばされた彼はこれまで仰木たちと行動を共にしていたのだ。
「ただ逃げてきただけじゃねぇか」
「断じて違うわ。これは王国があの魔女に呑まれることを見越しての判断。一度距離を取り戦況を立て直すのもまた兵法よ。確実に仕留めるための、な」
「仕留めるって」と前置きした仰木は溜息を付いた。
「あんなバケモノみたいな奴と戦う気かよ? せっかく逃げられたのに、正気か?」
「正気も何もそうするしかあるまい? なぁ魔術師」
呼ばれたエリーが眼を向ける。
「うん。キサラギの言う通りだよ。君がこの世界にいると分かった今、積年の恨みを晴らすべく澪はあらゆる手を尽くして追い続けるだろう。この場所だってあと二、三日もすれば見つかってしまう。君のためにも戦う以外ないんだ」
「おいおいマジかよ……。いくら全振りっていっても、たった解放者二人と軍師一人であんなのに勝てるのか?」
笑みを浮かべたエリーは、少し声を大きくして言った。
「たったの二人じゃない。たったの゙三人゙さ」
「なに?」
「さっき言っただろう。僕は解放者の力を感じ取れるって。いつまでも白を切っていないで、そろそろ正直になったらどうだい?」
エリーの視線は俯いている天然パーマに刺さった。
「解放者キサラギさん?」
名を呼ばれた彼は、愉快そうに大笑いを飛ばした。
「ははははは!!! あの魔女は騙せても貴様は無理だったか! 魔術師よ!!」
勢いよく着物を肌蹴させ、黒鉄の義手を露わにした。二人が目を凝らすと、義手と肉体の間、肩下あたりに見慣れたブレスレットが隠れるように引っ掛かっている。
「ちょ!! あんたもかよ!! なんで隠してたんだ!?」
「別に隠してた訳ではないわ! 少なくともお前たちにはな。王国ではあの魔女に眼をつけられぬよう、毎日ビクビクしていたが」
驚きを隠せない仰木の代わりに、エリーが呆れて見せる。
「澪は僕ほど解放者を探す力に長けてないからね。意図的に神経を集中させない限り、気配を感じ取ることは出来ないよ。余程興味を持たれていなかったんだね、君」
「うるさいわ」と一蹴したキサラギに仰木は慌てて問いかけた。
「ステータスは!? 何に振ったんだ!?」
解放者にとって最も重要な項目。これから強敵を戦うのなら尚更である。
「悪いが貴様らのように先陣切って戦う力はない。俺は軍師だぞ?」
「ここだ」と言いながら、彼は指先で天然パーマをつんつんと突いた。
どうやらキサラギは多大な力の行く先に【知力】を選んだらしい。
「なるほどね。それで国の軍師、か」
「もしかして全振りかよ?」
「ペンは剣よりも強し、という言葉がある。世を支配するのは力の強い奴ではない。賢い奴さ。すべての力を注ぎこんで何が悪い」
互いに眼を合わせた仰木とエリー。呆れたように笑いだした。
「じゃあなんだよ、ここに居る解放者三人、全員全振りかよ……」
「楽しいパーティじゃないか。仲良くやろう……」
ぎこちなく笑い合う三人の男たち。
その一つの共通点を持った三人の関係に、仰木は妙な居心地の良さを感じていた。
キサラギは二人とは全く違う世界から来た解放者ということだった。
歴史も環境も、食べ物一つとっても共通点が皆無らしい。
「うーん。俺たちの世界以外にも世界があるなんてなぁ。未だに信じらんねぇ……」
首を捻る仰木に「それはこちらの台詞だ」と返したキサラギは、エリーを促した。
「さぁ俺の世界についてはもういいだろう。この三人であの魔女を倒すんだろう? 関わりの深い貴様の意見を聞こう、魔術師」
「策はあるのか?」と問う知力全振りの軍師。
エリーは少し弱気に答える。
「うん、あるにはあるよ。でも正直、澪の力を考えると成功は難しい……」
「やっぱり滅茶苦茶強いのか、あのOLは」
「うん。第一に、彼女の持つブレスレット、治癒の力がとにかく厄介でね。傷を負ったそばから再生するから攻撃を命中させてもほぼ意味がないんだ。刺し傷は一瞬、手足を切り落としたって十秒と経たない間に再生する。不老の力はただの付属品みたいなものなんだよ」
一瞬にして固まった仰木は目を丸くした。
「え、ちょ、そんなのどうやって――」
「力はそれだけじゃないよ」
追い打ちをかけるようにエリーは続ける。
「第二に、僕の渡した魔術の力。異能交換を行ったのが百年近く前ということと、ブレスレットを持ち合わせていない影響で僕ほどの力は無いけれど、それでもそこら辺の国一つ程度なら一夜で沈められるだけの力は持ち合わせているはずだよ」
「!!」
仰木は今更ながら気が付いた。
そう、エリーが黒辻の治癒の恩恵を受けているということはつまり、黒辻も魔術の力、それもスキル全振りの能力を得ているということになる。
「そうか……! あの時OLの使った術がエリーの術にどことなく似てたのはそういうことか……!!」
エリーは頷き、そして悩むようにブロンドの前髪を押さえ付けた。
「ここまではまだマシだよ。問題は第三の力。これが一番の難関だ」
ごくりと唾を呑み込んだ仰木に、エリーは告げた。
「魔王の天眼。天空から覗く千里眼の力を澪は持っているんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます