異能連結
「……それが今から百年も前の話……てか?」
蠟燭の火が揺れる薄暗い一室で、仰木はソファに浅く腰掛けながら眼を落とす。
眼の前に座る魔術士から告げられた事実は、あまりにも残酷なものであった。
「うん。同時期にこの世界へ転生していた僕は偶然澪に会ってその話を聞いた。名前は言ってなかったけど、あの下水道で西暦を聞いた時もしやと思ったんだ。まさか本当にその男性がオーギだなんてね……」
元の世界からこの世界に転生を果たす際、年月のズレが発生する。
先に転生した黒辻が、遅れて転生した仰木と出会うまでの時間。
その間、百年。
そのあまりにも長い年月を彼女は自分を恨んで生きてきたと考えると、寒気でどうにかなってしまいそうだ。
「澪はあの日から君を探し続けていた。何十年と掛けて世界を回ったけど、結局君は見つからなかった。そこで彼女はこの転生のロジック、年月のズレに注目したんだ。きっとまだ君はこちらの世界に来ていないんだと悟った澪はとある力に眼を付けた」
仰木がエリーに眼を移す。
「……力?」
「超召喚の力、ステータスを召喚スキルに全振りした解放者のブレスレットさ。その力さえあれば元の世界とこの世界の狭間に漂う命を引っ張り出せるってね。血眼で探してようやく尻尾を掴んだところに当の君が現れたんだ」
疑問を覚えた仰木は問う。
「なんでわざわざそんなもの探す必要がある? 自分のブレスレットを使えばいいだろ」
その召喚スキルとやらに全振りして自分で創り出せば済む話だ、と言う彼に対しエリーは首を横に振った。
「そういう訳にはいかなかったんだよ。彼女は腕と脚に障害を負っていたって言ったよね。それはこちらの世界に来ても変わることが無かったんだ。だから彼女はいくつもあるステータスの中から【治癒スキル】を選んだ。神経が死んでいるほどの障害を癒すには半端な振り分けでは足らず、結局全てを掛けることによって彼女の身体は再生した」
復讐よりもまずは自身の再生を選んだという訳である。
「そのスキルの恩恵あって、彼女は不老の力を手に入れたんだ。初めて会った時とは随分見た目も性格も変わったけど、歳はとっていないよ」
仰木は思い出した様に前屈みになって喰ってかかった。
「そ、そうだ! 同時期に転生されたってことはエリーも同じくらい生きてるんだろ!? なんでそんな見た目なんだよ!? あのOLみたいに治癒の力がある訳じゃないだろ!?」
彼はどこからどう見ても二十代。若作りという冗談が通じる域を超えている。
少し口を開くのを躊躇ったエリーに、仰木は迫った。
「ここまで聞いたんだ! 教えてくれよ!」
仰木の瞳に負けて、エリーはローブの袖を捲った。
「僕のこと嫌いにならないでよね」と前置きして差し出した腕はあまりに衝撃的過ぎた。
彼の右腕、手の甲あたりに大きな縫傷が走っていたのだ。腕を一周した縫傷は見るに絶えず、仰木は思わず立ち上がった。
「な……なんだよ、これ……!」
「異能連結って言うんだ」
縫傷を指先で撫でるエリーの口からその傷の全貌が語られた。
「はじめに澪の腕を切って彼女のブレスレットを取り出す。そしたら僕の腕を切る。お互いのブレスレットを交換して落とした腕にはめ込み、縫い繋ぐ。月日が経って腕が繋がったらそのブレスレットの力を得ることができるんだよ。そしたら同じことをもう一度繰り返して、ブレスレットを返したら終わり。物理的過ぎて笑えるよね?」
笑えるどころか、仰木は声も出せず絶句してしまった。
解放者のブレスレットを外すには腕を落とすしかない。武器屋の店主が言っていたことが思い出される。
「つまりエリーは二回も自分の腕を――?」
「ああ、他の解放者なら力の代償に腕が腐ってしまうんだけど、治癒の力のおかげでこうして繋がって今も動くよ」
エリーは無理矢理作った笑顔を向ける。惨めさを隠しているのだろう。
「なんでそんなことを……」
外道の手法に手を染めてまでして、なぜ生きたかったのか。
エリーは考え込んだあと、小さく息を吐きだした。
「……どうしても長く生きなければならない理由があったからさ。でも僕の治癒は結局一回ブレスレットを付けただけの借り物だからね。いつかは老いて死ぬ時が来る。傷の再生能力含め、今も持ち続けてる澪の力には遠く及ばないんだ」
上手く追及を逃れた彼は仰木に眼を向けた。
「澪は君を見つけ復讐を果たすため、半永久的な命を得た。共に旅する中で僕は何度も彼女を説得したよ。結果がどうであれ、命を掛けて助けようとしてくれた人を恨むのは間違っている、お門違いだ、と。しかし彼女は聞く耳を持たないどころか、過ぎ去る日々の中でどんどん憎悪を膨らませていった」
仰木は、その憎悪が爆発する瞬間を見た。
それがどれほど膨大な憎しみだったのかは、あの断末魔を思い返せば感じ取れる。
「最初はいろいろな話をしたりお互いを磨き合ったりして充実していた旅も、澪が変貌していくに連れて足取りが重くなって、次第に僕たちは離れて行った。それからも僕は彼女の様子に気を配っていたんだけど、超召喚のブレスレット探しと同時に解放者狩りをやり始めてね」
「解放者狩り――?」
「そう。超召喚のブレスレットが手に入れば話は早いけど、もし見つからなければ自分で作ればいいと澪は考えたんだ。つまり、転生したての解放者を襲い真っ新なブレスレットを奪って超召喚の力を手に入れる方法を思いついたのさ。世界のどこにあるかも分からない物を探すより、何倍も理に適っているだろう?」
転生したての解放者、つまり異世界に来て困惑している普通の人間を襲って腕を切り落とすということ。文字通り赤子の手を捻るようなものである。
「じゃあ、あのOLは何人もの解放者を……?」
エリーは首を横に振る。
「いいや、全て僕が先回りして防いだよ。時にはブッキングして戦いになることもあったけどね。僕も転生した解放者には用があったから、それはそれで良かったんだ」
数十年もの間、彼は解放者たちを澪の間の手から守り、導いてきたのだ。かくいう仰木も例外ではない。
「てことはあの下水道で俺と会ったのも――!」
「ああ。解放者の気配を追って来たんだよ。反応が澪の居座るガルディア王国の内部からだったから手遅れかと思ったけど、まさか君を捕らえたのが彼女じゃなくて騎士長だったとは驚きだった。王城に忍び込んで結構無茶したから澪に気付かれたしねぇ」
参ったといった様子のエリーは微笑んで続けた。
「そう考えればオーギは幸運だったかもね。もし騎士団に連れ去られるより先に澪が来ていたらすべて終わっていたよ。そういう意味では、ことの発端の彼に感謝かな?」
その時、背後から誰かが鼻を鳴らす音が部屋に鳴った。
この浅葱色の羽織を着ていなかったら、自分は黒辻の手に落ちていたのかもしれない。しかしそれでもこの男に礼を言うのはあまりに癪だった。
仰木は暖炉に振り返り、煽るように話しかけた。
「どうやら俺はあんたに礼を言わなきゃいけないらしいぜ? いつまでも火遊びしてないで、こっち来たらどうだよ」
呼ばれて立ち上がった影は、片手に持つ紅茶の入ったコップを大事そうに運び椅子に腰掛けた。
「火遊びではないわ。陽炎に国を思っていたのだよ」
「嘘つけ」とツッコミを受けた天然パーマの男、ガルディア王国下級軍師キサラギは紅茶を一気に飲み干した。
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