60点の逃亡劇

「友人のピンチに颯爽登場エリーさんだよ!」


 青いローブの男は、仰木の前でブロンド髪を靡かせる。

 その両手には大きな杖がすでに掲げられていた。


 「エ、エリー!? 来てくれたのか!!」


 「なんか悪い予感がジンジンしてね。心配でこっそり着いてきてたのさ! フランス男の感はよく当たるだろう?」


 エリーは崩壊した石畳に杖を突くと、魔術を発動した。


 「第二の皇帝よ聖櫃せいひつより大杯をたまわる。混濁の荒波は深淵を掻き鳴らす。血塗りの鐘よ、今高らかに――」


 二人を中心に巻き起こった漆黒の渦。それは飛来する鉄球を全て呑み込み、誰もいない客席へと飛散させた。

 眼を疑うような魔術の戦いに、仰木は思わず苦笑いする。


 「みんな大好きアメリカのヒーローもこんなんできねぇよたぶん……良く知らんけど……」


 「凄く興味をそそられることを言ってないで、さぁ逃げるよオーギ!!」


 エリーは彼の手を引いてゲートに向かって走り出した。


 「待てぇええええええええ!!!!」


 後方の瓦礫が爆発した。

 走りながら眼を向けると、黒い魔力の羽衣を纏った黒辻が鬼の形相を浮かべている。


 「貴様ぁああ!! エリオット!!! その子をどこに連れて行く気かしら!? その子は私がずっと探してた仇の男なのよ!? あなたも知って――!!」


 「君の仇である前に、オーギは僕の友人さ!! 一足遅かったね澪!! んじゃ!!」


 面識のありそうな会話をする二人の魔術士。


 「ちょ、あんたら知り合い――!?」


 「オーギ! 舌を噛まないように口を閉じているんだ!」


 「え?」と首を傾げた瞬間、ぐらりと揺れるような感覚が全身を襲った。


 細めた眼を開くと、そこにはあったのは黒く染まった雲。

 足の裏に何かが付く感覚は無く、代わりに浮遊感が身体の芯を走り抜けた。

 眼下には崩壊した闘技場と城下町。


 「浮いてるぅううううう!?!?!?」


 「ははは!! 楽しいだろう!? やっぱりファンタジーはいいよね!! これをやる度に全振りしたのは間違いじゃ無かったって実感するんだ!!」


 白目を剥いた仰木の横で優雅に笑うエリー。

 その二人に再び巨大な鎖が襲う。


 「私の者に触るなエリオット!! その子の腕は私のものよ!! 足も首も顔も全部私のものなのよ!! 今直ぐに返しなさい!!」


竜巻のように鎖を振り回した黒辻が飛来する。どうやら魔術師というものは空を飛ぶ生き物らしい。


 「やぁなこった! そんなに睨むとまた皺が増えるよ?」


 再び、揺れる感覚が襲う。

 気付けば今度は城下町の直ぐ上を滑るように飛んでいた。


 「あああ当たる!! 人に当たっちまうよ!!」


 「大丈夫大丈夫!! ほら、君のストーカーが懲りずにやってきたよ! 少し時間を稼いで!」


 城下町を粉砕しながら二人を追う黒辻。数本の鎖が暴れまわり家屋を倒壊させてゆくが彼女はそちらに眼も暮れない。


 「ああ分かったよ!! だから次で最後にしてくれ! もう吐きそうだ!」


 片手で槍を振るい、鎖をなんとか受け流して叩き落とす。

 空中で回転しながらの槍術。果たして遣って退けた偉人が一人でもいただろうか。


 「絶対関羽もやってねぇよこんなの!!」


 「ああその人は僕も聞いたことがある、確か――」


 全てを叩き落とした仰木に急接近する黒い影。

 白く細い腕が伸びる。


 「絶対に逃がさないわ!!!!」


 圧倒的速度で詰め寄る黒辻を目前に、仰木はエリーの名を叫んだ。

 腕がじりじりと顔面に近付いたその時、エリーはようやく振り返った


 「お待たせお待たせ!! 一気に飛ぶよ!! ストーカーさんにお別れは?」


 「ビ、ビジネススーツの方が似合ってたぜ!」


 「六十点だよオーギ!!」


 「うるせぇ!!」


 眉間に指先が掠る直前に、二人は消えた。


 揺れた視界の中で見た最後の黒辻の顔は、怒りに歪んでいたのだった。

 

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