醜態

「はぁああああああああ!!!!!!」


 エルレを包む爆炎は次第に大きくなっていく。

 フィールド上を赤い波紋が駆け巡り、彼女を中心に渦を巻く炎は赤く燃え上がる。


 「そ、そうだ!! エルレ様にはこの炎の力があるんだった!!」


 「炎獅子えんじしの二つ名を持つエルレ様だ!! いくらあの槍使いが強くたって炎を躱せるわけがない!!」


 「いっけぇええエルレ様ぁああああ!!!」


 炎を目の前に意気が復活した観客が騒ぎ出す。


 「お前……まだそんな力隠し持ってたのかよ……。てかこれならマジでイノシシ相手に逃げる必要無かったんじゃ?」


 「あんな雑木林の中で炎なんて使ったら一面焼け野原になっちゃうでしょ! 馬鹿ね!」


 「なるほど」と頷き苦笑いを浮かべる彼は燃え上がる火炎を法然と見上げる。 


「えーっと……さすがにこれヤバくないか? 消し炭になるんじゃ……」


 エルレが吼える。


 「良く分かったわね解放者!! あんたは今から消し炭になるの! 肉の一辺まで燃やし尽くしてあげるわ!!」


 会場の悲鳴などいざ知らず、彼女は紅蓮の切っ先を仰木に向けて高らかに叫んだ。


 「命乞いの時間も与えない!! あなたは早々に燃え尽きなさい!!」


 息を吸い込み、そして剣を振るった。


 「紅蓮の爆咆バーニングシャウト!!!!」


 次の瞬間、全ての炎は仰木目掛けて走り出した。

 漂っていた紅蓮の波紋も炎に形を変えて全方向から、圧倒的火力を誇る爆炎の一撃が襲う。


 「や、やばいやばいやばい!! いくら槍で勝てても触れられなきゃ――!!」


 そう、意味がないのだ。

 槍術以外の力が無いのはすでに確認済み。当然炎を耐え凌ぐ盾などは無い。


 「全方向は囲んだ!! もう逃げ場はないのよ!!」


 「くっそぉぉぉおお!!!!」


 炎の荒波に呑まれる寸前、窮地に槍を握りしめた彼は鼓動が打つのを感じた。

 この感覚、レッドファングの群れを前にした時と同じもの。


 ――負ける気がしない――


 爆炎を前に何を呆けているのかと思えるが、その感覚に間違いはないように感じた。

 ただ振るってみろと、このなまくらが言っているような。


 「だぁあああもうどうにでもなりやがれぇええ!!!!」


 力に身を任せ、空間を切り取るように全方向へ槍を振り回した。

 すると――。


 「――え?」


 迫りくる炎は届かなかった。いや、それどころか逆方向に向かって走っている。


 「ほ、炎を跳ね返した!?!?」


 性格には風圧により軌道を反らした、という説明が相応しいだろう。

 彼の振るった槍により流された爆炎は滑るように仰木の身体を避け、あちらこちらに飛散した。


 「……はっ、やっぱりだ。炎だろうが何だろうが負ける気がしねぇ……!! 槍に全振りしたのは間違いなんかじゃ無かったんだ!! いっくぜええええ!!!!」


 闘魂に火が灯った仰木。


 槍を振り回しながら炎の中に飛び込んでゆく。

 神速で振り回される槍は爆炎をいなし、突破口を作り出す。


 爆炎の中を次々と進んでゆく彼が目指すのは炎の元、エルレ。

 目を丸くして立ち尽くす仇だ。


 連続の突きを繰り出すと、炎の中に道ができる。その道は彼女にまっすぐと続いている。


 「捕らえたぜ元お姫様!! 一晩の苦痛の恨み、今果たさせてもらう!!」


 「いっけええええええ!!!!!!」


 爆炎を駆け抜け、眼の前に捕らえた仇に神速の一撃を穿つ。

 その一閃は紅蓮の剣を弾き、無敵の鎧を粉砕し、そしてエルレの腹に突き刺さった。





 「エルレ様……」


 観客はヒビの走った壁をまじまじと見つめている。

 目の前で爆炎が封殺、突破されて気が付けばエルレの姿は消えていた。

 きっとあのヒビの根元に彼女はいるのだろう。


 土煙が収まって全貌が明らかになったその時、静寂の客席から「ふっ」と吹き出す声が漏れた。

 起こったどよめきが失望の声に代わり、次第に笑い声へと変貌を遂げる。

 彼女に指を差した誰かが、罵るように言い放った。


 「おいおいなんだよあの格好!! はっずかしい!!」


 その罵声を皮切りに、次々と中傷の声が沸き上がった。


 批判の的であるエルレは壁際で気を失っていたのだが、その格好があまりに羞恥的だったのだ。

 あろうことか、彼女は壁を背に引っ繰り返り、足を大きく広げて失神していた。


 ただでさえ破れたスカートもひるがえり、下着が丸出しのあまりに滑稽な痴態。

 そしてそれに追い打ちをかけたのはピンク色の下地に刺繍されたとある柄だった。


 「あれ、レッドファングか!? 騎士団を全滅させた魔物のパンツ履いてるぜ!?」


 声の言う通り、そこには一件の発端でもあるレッドファングがコミカルなイラストとなって描かれていたのだ。


 闘技場は大爆笑に包まれた。


 男たちは鼻の下を伸ばしてジロジロと観察し、女たちは醜悪なものを見る眼で睨み付け、我が子の眼を覆う。

 大観衆の前で肉付きの良い脚や尻と共に下着を晒された。

 これ以上の恥辱などありはしないだろう。


 そんな大狂乱の中心で、立役者である仰木は鼻を鳴らした。


 「……ふん。お前、決闘の日にそんなパンツ選ぶか普通? ひどくお子ちゃまな勝負パンツだなぁおい」


 仰木の呆れ果てた様子に再び笑いが起こる。


 「あれ勝負パンツだってよ!! 笑える!!」


 「おい兄ちゃん気を付けな!! まだレッドファングが睨んでるぜ!!」


 「ははは!! 確かにあんたは炎獅子だぜエルレ様!!」


 「あぁそれにしてもいやらしい身体してるなぁ。あのレッドファングならいくらでも相手してやってもいいわぁ」


 下卑た感想が渦巻いた。

 しかし仰木は悪気など一切感じない。


 俺は一晩中拷問を受けたんだ、このくらいの辱めでまぁトントンだろ――、彼は足元に落ちていた鍵を拾い上げ、首輪を外す。


 「もうここに用はねぇ!! 俺は帰らせてもらうぜ国王様!!」


 絶望に浸った国王を尻目に、ゲートに歩を進める仰木。


 あまりにも威圧的で、そして破壊圧を孕んだ緊張が走ったのは、その時だった。

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