矛盾
明らかに手加減された猛襲の中、エルレは考えていた。
仰木。この男は何者なのか――と。
先程言っていた通り、次々と身体に撃ち込まれるこの槍は特殊な力を持った魔槍ではないだろう。炎や風などの力を纏っていないし、傷口から魔力も感じない。
それはつまり仰木が鍛え抜かれた天才的槍士であるということだが、それにも疑問がある。
ここまで槍術を極めた人間の身体付きにしてはあまりに
腕、脚、首回りに肩幅。どれを取っても戦士の肉体ではない。
性別は違えど彼女も一介の騎士、今まで何百人の男たちと立ち会ってきたが、こんな技量を持ちながらここまで細く隆起の無い身体の持ち主など一人としていなかった。
――こいつは「戦士」じゃない――
技量は一流、肉体はド三流以下。
逆ならまだしもこの二つの条件が合致することは考えられない。
普通では絶対にありえないその現象の真相。
身体付きが変わらないように鍛えた?
生まれ付きの才能?
鍛えた上でこの肉体?
いやいやいや、どれも違う。これは。
――なにもない肉体に、槍の技術だけが宿っている――?
閃きに眼を見開いた瞬間、神速の槍がみぞおちを穿った。
「がはぁっ!!」
数回フィールドを跳ねたエルレは再び壁に激突。口から赤黒い血を吐き出した。
「途中からろくに守りも出来てねぇじゃねぇかよ。お前それでも騎士長か? ああ悪い、これも元、だったな」
「……だ……まれ!! この卑怯者……!!」
「あん? 卑怯だ? 俺のいったいどこが――」
問いかける仰木に、炎の球体が放たれた。エルレの片腕から発生したそれに彼は一瞬怖気付いたが、間合いに入った瞬間に槍を振るって掻き消した。
虚しく終わった不意打ちであったが、エルレの狙いは直撃ではない。
彼の右手に巻かれた包帯を焼き消すこと。
その目的は果たされた。
「……やっぱり。そういうことだったのね」
フラフラと立ち上がったエルレは、呪文を囁き力を解放。辺りに赤い波紋が巻き起こり、手元の剣は紅蓮に輝いて、燃える。
「ただのギルドのカスじゃないとは思ってたけど……まさかあんたもあの女と同じだなんてね……。もう、生きて返さない、絶対……!!」
炎を纏い、八相の構えを取った彼女は憤怒が湧きだした瞳を向け、心の底から叫んだ。
「あんたはここで焼き殺すわ!!!! 解放者ぁ!!!!」
「もう少しであの力は私の物……。長かった復讐ももう少しで果たせるのね……」
コツコツとヒールを鳴らす魔女、黒辻は静まった闘技場の内廊下を歩いていた。
今頃煮え湯を飲んでいるだろうエルレのことを思い、口から笑みが零れる。
「妙に静かだけどお姫様は頑張っているのかしら? それとも、もう決着がついてしまったの?」
優雅な足取りは先の光へ進む。
大嫌いな日の元に出て直ぐに目に入ったのは力無い国王の背中だった。予想通り、小さく丸まって風格など消え失せている。
後悔の念が滲み出た表情を横目に、「ふふっ」と微笑した彼女はフィールドを見下ろした。
槍使いの解放者に圧倒されるエルレの姿が映る。
――予想通り……いやそれにしてもやられ過ぎね、お姫様――。
漆黒の扇子で隠した口元は下品に吊り上がる。
それでなにもかも彼女の思い通り。
聖印の祝福を取り上げられたエルレは城を追われ、ダージルと共に彼女の手に落ちる。
そうすれば取引材料が揃い、二人の身体と引き換えにあの力が手に入る。
「追い求めていた解放者の力――超召喚のブレスレットは目前。ようやく私はあの男に復讐を果たせる。ようやく私はあの憎き男に――」
エルレを突き飛ばした槍使いに眼を移したその時だった。
「――――――??」
彼女は息を呑み、眼を見開いた。
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