折れない槍

 ――一撃で決める――!! 


 両手で業物の剣を振りかぶり、エルレは仰木に迫る。

 あまりに単調で見え見えな斬り込みだが致し方ない。


 すべてはダージルのため。

 彼女には一刻の暇もないのだ。


 「はぁああ!!!」


 槍の先端を弾き、懐に入った。

 先にはバランスを崩した仰木と、擦れたなまくら一本。有言実行の時は早くも訪れた。


 このまま槍ごと――!!


 放った一閃は真横から槍を両断――したかに思えた。しかしどういう訳か、なまくらは折れず、仰木にも届かない。


 「くっ!! 思った以上に丈夫みたいね! なら!!」


 鮮やかな剣の連撃を繰り出す。

 右に左に上に下に、様々な方向から岩をも砕く剣撃の応酬。その全てが防御に徹する槍に直撃したはずだった。

 なのに。


 「――なぜ折れないの?」


 確かに攻撃は当たっている。証拠に接触した槍は弾かれ、仰木の身体も大きく仰け反っている。力なく後方に後退り、今にも倒れそうだ。

 しかし、なまくらはいくら撃っても折れない。

 武器としての出来は天と地、素材も造りも一流なのに。


 「なんで……なんで折れないのよ!! その槍、なんなのよ!?」


 切り込みを止めたエルレは、肩で息をしながら問う。


 「あ~っと、俺も良くは分かんねぇんだが、たぶん受け流しってやつだ」


 「受け流し!?」


 仰木は羽織を靡かせながらくるりと槍を回し、うなじと腕で槍を挟んで見せた。


 「お前の剣撃に合わせて力の方向に回転してるだけ……だと思う。その証拠に俺、なんも疲れてねぇもん」


 エルレの剣に押されるがまま動いていただけだと、彼は言う。

 事実、彼は息一つ上がっていない。


 「ふ、ふざけんなこの蛆虫!! さっさと死になさい!!」


 再び斬りかかるエルレ。しかしその攻撃は全て受け流しによって巧みにやり過ごされる。


 上段から切り降ろせば下へ流し、下段から切り上げれば身体ごと回転して衝撃を相殺。突けば後方、引けば目前に迫られる。回転切りなど放つものなら共にダンスでも踊っているかのようである。

 あまりにも身軽すぎる運動神経と感覚。

 その恩恵は当然、槍を手に持っているからこそである。


 「く……くっそぉ!!!!」


 一際大きく振りかぶったエルレは、最大級に力を使った一撃を繰り出した。

斜め下側からの一閃。受けだろうが流しだろうが関係ない。接触すれば粉砕は必至の剣撃が放たれる。


 「終わりよ!!」


 しかしその渾身の一撃は空を切った。何の手応えも無く、そして視界には誰もいない。


 どこに消え――!!


 刀身から遅れて伝わってきた重量感に眼を向けたその時、彼女は絶句した。


 「お前こんなでけぇ剣振り回すなんて、見かけによらず怪力だな……。これならイノシシぐらいぶった斬れただろ……」


 振るった刀身の上に膝を突く人間を初めて見た。

 暢気に人差し指で剣を弄りながら、浅葱色に靡く男は告げる。


 「女に手を上げるのはやっぱり気が乗らねぇが、俺もまだ死にたくなくてなぁ。許してくれ」


 次の瞬間、眼にも止まらぬ速さで突き出された雷撃のような槍の先端が、彼女の鎧を穿った。





 フィールドの隅で上がる土煙を、観客はただただ見つめていた。


 誰一人と言葉を漏らすこと無く、動くことも無い。

 ただ餌を待つ小鳥のように、ぽかりと口を開けていた。 

 流れる静寂の中でようやく誰かが口を開く。


 「……なにが起きてるんだ? あれ、人か?」


 その一言はこの場に居合わせた全ての人間の心情を代弁した言葉だった。

 猛撃と言うにふさわしい剣に対する反応行動。その感覚、動き、そして速さ。

 どれを取っても、人の類とは思えなかった。


 ましてや相手はあの騎士長エルレ。

 無敗の噂が街に流れたこともあるあの騎士長である。


 「エルレ様がまるで赤子だ……勝負にすらなっていない……」


 どよめき始める客席。

 仰木は槍を肩に掛け、土煙の真上を見つめる。


 そこには沈んだ顔の国王が前のめりに眼下を覗っていた。

 先程の退屈そうな顔立ちは消え失せている。


 ――初めから国を追う気なんて無かったわけか。やっぱり、良い親父さんじゃねぇかよ――


 最初から勝つと分かり切った上での条件の提示。眼下で起こる光景にものも言えないだろう。

 視線を土煙に移すと、晴れたところから赤髪が覗いた。剣を杖に立ち上がろうともがいているようだ

 その姿を見た貴族が驚きの声を上げた。


 「み、見ろ!! 何てことだ! エルレ殿の鎧が、ミスリル強合金製の鎧が砕けている!!」


 彼の言う通り、エルレの身に付ける青い煌めきのある鎧が無残にも砕けていた。攻撃を受けた場所からヒビが走り、鎧全体に広がっている。


 「大砲の砲撃をくらっても傷一つ付かない鎧だぞ!? それがあんなボロボロに……! あ、ありえん!! あいつは何者だ!? あの槍はいったいなんなんだ!?」


 傷だらけのエルレが身体を震わせながら立ち上がった。鎧は砕け、服はところどころが破けてしまっている。


 「……は、油断……した。うちの騎士から槍を受け取らなかった時から怪しいと思ってたのよね……その槍……魔槍ってわけ……」


 「魔槍? いやちげぇよ? 街の武器屋でいらねぇの貰ったんだ。市場を降りた先の武器屋、知ってるだろ?」


 くるくると槍を回して見せる。折れていないどころか、状態は戦いの前とさほど変わっていない。

 客席で貴族が騒いでいるようだが、エルレはその様子に嘘を感じなかった。

 つまり、ただの古ぼけたなまくらがミスリル超合金を貫通したと。


 いや、違う。

 槍が貫通したのではなく――。


 「あんたが貫通させた……ってこと……」


 「そういうことだ。わかったらさっさと剣を構えろよ。昨日お前が俺にしてくれたことはこの程度じゃないだろ? さぁ、早くしろ」


 一晩の拷問。それに代わる苦痛などない。

 仇を前にしてようやく静かな怒りが湧き上がる。


 「来ないのか……? なら、こっちから行くぜ!!」

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