再会のフィールド
青天井の闘技場は人で埋め尽くされていた。
大きな楕円状の客席が設けられ、石畳のフィールドを囲む。
響き渡る歓声、鳴るドラム。
全ての人の視線はフィールド上に立つ軍師の格好をした少年に集まっている。
「いけぇ兄ちゃん!! 誰だか知らねぇがとにかく頑張れ!!」
「そうだぜ!! 相手は無敗の騎士長様だが女だ! 付いてるモン付いてる男が負けんじゃねぇ!!」
「いやちょっと待て、勝っちまったら賭けた給料丸々戻って来ねぇぞ!?」
「そうだった!! やっぱり潔く負けろ兄ちゃん!! 上さんの機嫌の為にも早々に諦めてくれ!! 頼む!!」
「「「「骨は拾ってやるよーー!!」」」」
好き勝手騒ぐ外野を前に、飯を平らげた満腹の仰木はわしゃわしゃと髪を掻く。
「ったく、好き勝手言ってくれやがって。全員度肝抜いてやらぁ」
客席に眼を走らせると、様々な立場の人間が覗える。
民衆に鎧の騎士、艶やかなローブの貴族に偉そうな顔した王族が大人から子供まで、右手の一角に設けられたテラスの一際大きな椅子に座すのは恐らく国王だろう。
「自分の娘がこれから戦うってのに、ひどく退屈そうだな……」
肘掛けにもたれ掛る国王は石のような瞳で仰木を見つめている。
顔色一つ変えずに見下しやがって――、軽い嫌悪感を感じた彼だったがその囁きは耳をつんざく歓声に遮られた。
眼の前の浅葱色に染まった幕が開けられ、中から赤髪の女騎士が登場したのだ。
首から仰木の首輪を外す鍵がぶら下げている。
「エルレ様―!!」
「ちゃちゃっと終わらせてくだせぇエルレ様!!」
「あんたに賭けてるんだ!! 元第一王女の意地を見せてくれ!!」
仰木に向けられたものとは全く違う歓声が向けられる。
しかしその黄色い声援の中に罵声や舌打ちが混じっていることにも彼は気が付いた。
主に騎士や貴族たちから湧いているらしい。
当のエルレにも届いたのか、彼女の顔は強張ったままだ。
「お堅い顔してどうしたんだよ、元お姫様!! あの時とは随分顔色が違うなぁ」
煽るように言い放つ。エルレは答えない。
「どうしちまったんだ? まさかこの期に及んでビビって――」
「黙れ」
刺すような声色が、歓声を潜り抜けて仰木を捕らえた。
「あんたみたいなカスと話してる時間はないの」
「……言ってくれるねぇ。昨日はあんなに乗り気だったってのに。さてはあの紫髪――ダージルだったか? あいつと喧嘩でもしたかよ?」
ずっと無表情だったエルレが眉をピクリと震わせたのを、仰木は見落とさなかった。
「そう言えばあいつどこにも居ねぇな? まさかお前、あいつにも見捨てられたのかよ? 一緒に相手してやっても良かったんだが――」
「口にするな」
赤髪の奥で揺れる瞳を垣間見た瞬間、仰木の背中に何か冷たいものが駆け抜けた。
「その汚い口でダージルの名を口にするな!!」
それは憎悪極まった眼。拷問の際に見たいくつもの醜い眼とは一線を画したもの。
人のものとは思えない。
気付けば息を荒くし、髪の毛は逆立っている。
たった一日の間に何があればこうも変貌するのだろうか、と仰木は後退りした。
「あんたと遊んでいる暇は一秒たりとも無いの。直ぐに首を跳ねてあげる」
そう言ってエルレは父親である国王を見上げた。
促された国王は大きく息を吐き立ち上がる。
右腕を掲げると同時に歓声は止み、闘技場には静寂が訪れた。
「皆の者、此度は愚女の我儘に付き合って頂き感謝する。既に皆の耳にも入っているとは思うが、そこに立つ我が娘、エルレ=ファブ=ガルディアは騎士を統率する身でありながら敵の前に怖気づき、あろうことか共に戦うべき騎士たちを置き去りにして逃げ帰った恥晒しの臆病者である!!」
会場が落胆に嘆く中、王は続ける。
「場に残された騎士達は全滅。唯一息が合った最後の一人も今朝、無念の中で息を引き取った。この失態、この不実。国王として、そして一人の父親としてワシは堪忍ならぬ! よってその者を次期王位継承者から除外することと決めた!」
エルレは唇を噛む。この事実を白日の元に晒される屈辱は想像もできない。
「国を治める王として、そのような者を新たな王にすることは断じてできぬ!! ……しかし、情けないことに王であるワシも人の子だ。不義を働いたとは言え問答無用で我が子を国外に放り捨てることは出来ん。よって、最後の機会をこの場に用意した!」
国王は高らかに両手を掲げ、二人を指した。
「この勝負、勝てば王族として国内に留まることを許すと同時に、王城内の勤めを与えよう!! しかし負ければこの者は即刻国外退去とする! 不実に留まらず力も無い者を我が目の届く場所に留まらせるつもりはない! そして勝負の相手に選んだのがその少年! 名をオーギという!!」
一気に目線が仰木に集まる。
「そのものは騎士団壊滅の元凶である! 死んだ騎士たちの仇と言えよう!! それに継ぎ我が国の軍師を襲い、装束を盗み取った大罪人でもあるのだ! 当然許してはおけんが、もし勝負に勝てば全ての罪を不問とする! 良いな!? 少年!!」
軍師の件はやはり納得いかないが、すでに飯の礼を平らげてしまっている。
仰木は軽く手を振って見せた。
「その者と我が娘が戦い、制した者の条件を国王の名の元に叶えよう!! さぁ、剣を取るがいい!!」
言葉を待たずして、エルレは抜刀した。
背中の槍に手を伸ばした時、仰木の傍らに一人の騎士が寄ってきた。
「国王様からの恩赦だ。そのような武器とは呼べないものよりこちらを使え。上物の刃と魔術の力を施してある」
差し出されたのは見事な刃が施された上等な槍。装飾は控えめで無駄が無く、そう重くも見えない。今の仰木でも充分扱える代物だろう。
「……あんたのことといい、良い親父さんじゃないか」
「早くその槍を受け取りなさい。時間の無駄よ」
物欲しそうに上等な槍を見つめた仰木だったが、彼は「ふんっ」と鼻をならし背中のなまくらを構えた。
「いらねぇよそんなのは。魔力も刃も必要ねぇ。生意気で我儘な女一人シバくのにはこの棒一本で充分だ」
どよめいた闘技場。
眼を見開いた国王。
エルレが心底気に入らない様子で吐き捨てた。
「……後悔しても知らないわよ。そんな棒切れ、あんたごと両断できるんだから」
「そりゃ楽しみだぜ。ぜひやって見せてくれよ元お姫様――」
国王の合図と共に、両者は駈け出した。
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