決闘と再会
決闘当日
澄み渡った青空に花火が打ち上がった。
鳴り響くファンファーレに七色の紙吹雪が舞う。
大勢の人で賑わった広場には鼓笛隊が並んでピエロが踊り、出店は大盛況を迎えていた。
元第一王女の決闘が行われる闘技場の周りは、まるでお祭り騒ぎの様である。
「さぁ張った張った!! ドンドン賭けてくれ……って、エルレ様に偏りすぎだろ! これじゃ賭けにならねぇよ!!」
賭け人の抱えた箱の中には、片方の枠にしか金が入っていない。もう片方はスッカラカンで虚しく紙吹雪が張り付いている。
そこに人混みの中から手が伸び、一握りの紙幣を突っ込んだ。
「お、いいねあんた! 博打はこうでなくっちゃ!!」
時刻は午前十一時。
あと一時間後に鳴る鐘をもって、決闘が開始する。
「ほんとにこれ全部食っていいのか!?」
煉瓦の一室で仰木は声を張り上げた。目の前には肉料理や魚料理、デザートがテーブルいっぱいに並んでいる。今まで見たことのない料理ばかりだったが、香ばしい匂いがしてどれも美味そうだ。
「俺からせめてもの餞別だ。たらふく食べると良い」
壁に背を預けた天然パーマの男は、豪快に骨付き肉にかぶり付いた仰木をまじまじと観察する。
「これから死に往く男の喰いっぷりとはとても思えんな。どれだけ肝が据わっているんだ」
「悪いが死ぬ気はねぇよ。それにしてもこれうめぇな! あんたが作ったのか?」
料理を頬張る彼に、男は鼻を鳴らす。
「俺が料理などできる人間に見えるか? 器用なことはすべて苦手だ。肉を焼けば生のままだし魚を焼けば炭が出来上がる」
「よくそんな大雑把な性格で一国の軍師が務まるなぁ……」
男――ガルディア王国の下級軍師は、昨日まで自分のものだった浅葱色を纏う仰木に反論に出た。
「分かっていないな。戦いとは大局を見るもの、眉間に皺を寄せて細部にばかり拘っていては肝心要で致命的ミスを犯す。時には原っぱで居眠りも大切なことなのだ」
「それで身包み剥がされてちゃ、世話ねぇよ」
「言うな」と細い身体を包む着物を整える。
仰木の眼の前に立つのは、ことの始まりの軍師であった。
森林で寝ていたところを小屋の三人に襲われて服を奪われ、それが原因で仰木が囚われることになった。
いわば元凶の男である。
昨晩に下着一枚で保護された彼はことの顛末を知り、自分のせいで窮地に立たされた男にせめてもの償いとして最後の晩餐を奢っていたのだ。
情が厚いのか薄っぺらいのか、いまいちハッキリしない。
そんな男のことを骨をしゃぶりながらじっと見つめた仰木は、気になった様子で問いかけた。
「……あんた、その右腕どうしたんだ?」
「うん?」と男が視線を落とした先には、本来腕があるべきところに黒鉄製の塊が重々しく乗っかっていた。
「ああこれか。義手だよ。俺は軍師だからな、前線に赴かずとも身に危険が及ぶこともある。不意の流れ弾を避ける手段は兵法には載っていないのさ」
繊細に動く指先は本物の手さながらである。
ほっとした様子の仰木は別の料理に手を伸ばした。
「良かったぁ。あの三人組に腕まで取られたのかと思ったぜ……」
「勘弁しろ。たかが昼寝で腕をもがれていてはひと月と四肢が持たんわ。それにしても、まさか俺が寝ている間にこんな事態に陥っているとは、お前には腹の底から申し訳ないと思っている。だからこの謝罪と供物をもって安らかに成仏してくれ」
「だ・か・ら! 死ぬつもりはねぇって!!」
「しかし相手はあの第一王女だろう。それも相当憤っていると聞く。どう考えても八方塞がりな戦況だが、それほど冷静さを保っているということは何か公明な策でも持ち合わせているのか?」
焼きたて熱々のパンをかじりながら、仰木は背中の槍に視線を移した。
「これ一本で充分だ」
「墓参りには行ってやるよ」
呆れたように微笑んだ軍師、まず勝利などありえないと知りながらも、一応彼を奮い立たせるように助言する。
「決闘には国王陛下やその他王族、貴族の方々も多数お見えになるそうだ。勝てずとも粘り強い奮闘を見せれば命だけは繋がるかもしれん。珍しく国王側近の解放者も同伴するらしいからな、力を見せれば彼女から待ったが入ることも有り得る」
次の料理に伸ばす手をビタリと止め、顔を上げた。
当初の目的であったガルディア王国の解放者。山ほど話を聞きたかったが、今彼には時代は違えど同じ世界から来たエリーがいる。無理な接触は必要無いだろう。
「……その解放者は国王に口出しできるほど偉いのか? てか女か?」
「ああ、美女だと評判の若い女さ。解放者の力に加え、俺には劣るがそれなりの頭脳も持ち合わせているから国王も頼りっぱなしでな。お前一人の命、頼まれればまず断らないだろう」
小屋の三人が言っていた通り、世の解放者は高い地位に立っているらしい。エリーのような流れ者は少数派なのだろう。
「美女で強くて頭が良くて、一国を納める王様の側近かぁ。俺とは月とスッポンだな」
「俺は好かんがな」
なにかを思い出しているのだろうか、軍師はゆっくりと眼を閉じた。
ポカンとした仰木は問う。
「なんでだよ?」
「気味の悪い魔女のような見た目もそうだが、なにより眼が気に入らん」
「眼?」
「何者も見下しているような眼をしているんだ。小賢しさを孕んだ眼球の奥で何を企んでいるか分かったものではない。知りたくもないがな――」
小広い控室にエルレは一人で俯いていた。
推す騎士や貴族どころか、背中を摩ってくれるメイド一人いない。
これが今の彼女。
権力のヴェールを失い厚い化粧を落とした本当のエルレ=ファブ=ガルディアだった。
鞘に収まった剣を立て、両手を添える彼女は一人でに呟く。
「ダージル……ダージル……。待っててね、もうすぐ助けてあげるから……」
周りの囲いなんてどうでもいい。彩られたレッドカーペットなんて糞喰らえ。
彼女の脳裏にはダージルのことしかなかった。
昨晩、自分が部屋を去った後にダージルはきっと犯されたのだろう。あの醜くて下品な魔女に、大嫌いな解放者の色に染まったのだろう。
その事実が、ただただ悔しくてならない。
気を抜けば嘔吐してしまいそうなほどに。
「もう少し……もう少しだからね……!」
赤髪に隠れた瞳には涙が浮かぶ。
いつからこんな泣き虫になったのだろうか。
昨日のベッドであんなに泣きじゃくったのにまだ零れるのか。
「――――くっ……!!」
眼元が熱くなり感情が込み上げたその時、彼女の耳に甲高い音の波が届いた。
鐘の音。
決闘を知らせる、音色が響き渡る。
同時に起こった大歓声の中、エルレは目元を拭い、炎のような瞳を浮かべて立ち上がった。
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