晩鐘は鳴る
力なく閉じられた扉を微笑んで見つめる黒辻。
部屋の脇から重々しい鎧の足音が響く。
「あのような約束をしてしまって宜しかったのですか、澪様――」
魔女を名前で呼んだ兜の騎士は、跪くこと無く黒辻の傍らに寄る。
足元で悶える下着姿のダージルになど眼も暮れない。
「ええ、なにも問題ないわ。それで、あの男の行方は分かったの?」
「残念ながらすでに国を出たようです。また逃げられてしまいました」
「鼠一匹捕まえられないなんて、使えないわね。まぁいいわ、どうせ明日ですべて片が付くのだからもう邪魔なんてできないわよ」
小さく溜息を付いた彼女に、騎士が問う。
「明日、すべて思い通りにことが運べばいいのですが」
「心配性ね。大丈夫よ、あの子は明日ちゃんと負けるから」
「しかし、例の軍師モドキとはただのギルドの少年という話では? いくら箱入りのエルレ様とはいえそのような者に退きを取るとは思えませんが」
黒辻は長い爪を口元に当てて笑みをこぼした。
「それが、そうもいかないのよ」
「と言いますと?」
「この子たちが軍師モドキを拷問した地下牢。薄らとだけどあの力の残り香があったわ」
紫髪を撫で回す。兜の騎士は少しの間押し黙った。
「――ギルドの青年の正体は解放者ですか」
「そう、それもある程度力を付けたね。どこの誰だかは知らないけど、ブレスレットの力を持った解放者があんな小娘に負けるはずないわ」
「なるほど。これでダージル様は澪様のものという訳ですね」
「いいえ」と首を横に振る。
「この子だけではなくエルレもよ。明日の決闘に負ければあの小娘は王城を追われる。王族としての身分も王印も消えて、守る盾を失うわ。そうなれば残るのはそう、身体だけ。取り引き相手に伝えておきなさい」
邪悪な眼を瞬かせながら、黒辻は騎士に告げた。
「お望みの娘二人がそろそろ手に入りそうだから、例のブレスレットを磨いておきなさいってね」
晩鐘は鳴る。
月夜の王国に走ったひんやりと冷たい夜風は、厚くなった彼らの熱を冷ましてゆく。
天誅を誓った浅葱色の男と、親友を取り戻そうとする赤髪の女。
青いローブの魔術士と、漆黒の魔女。
それぞれの思いを撫で、削り取るように鐘の音は夜にただ響く。
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