漆黒の魔女
「少し言い過ぎたかの……」
玉座の間、その幕の裏手でそっと呟いたのは王冠を取った白髪の王である。
手に握る王冠に向けた眼差しは、一国の王のものというより一人の父親としての色が強い。
実の娘を虐げた上に王族守護の聖印の取り上げと国外追放。
まず現実になることはないだろう仕打ちであるが、それでも心は痛んでいた。
「すまない。エルレ……」
眼を瞑る国王に、どこからか女の声が響いた。
「そのようなご尊顔を浮かべる必要はありませんわ。国王陛下」
「!! そなた、解放者であるか!?」
周りに視線を走らせた国王だったが、声の主、解放者と呼ばれた者の姿はない。
「御子息様は此度の一件で改心なされるでしょう。さらに厳格な王族へと御成長なされる。これもすべて、陛下様の叱咤故にございます」
「だ、だがさすがに国外追放はやり過ぎではないだろうか? 他でもないそなたの忠言のためわしも腹を括ったが、これではあまりに……」
どこかから鼻を鳴らす音が木霊する。
「ご安心ください。万が一にでも現実になることはありませんわ。あくまでご子息様を奮い立たせるための狂言。大いなる獅子は息子を谷底に落とすと言います」
「……そなたの不可思議な言葉遊びはワシにはよく分からん」
「言葉遊びではなく【諺】でありますわ。先人から引き継いだありがたい教えを国王様は見事に実行なされた。誰でもできることではありませんのよ? 明日、民衆を前に同じことを宣言すればより一層御子息様は熱く闘魂を燃やされるでしょう」
俯いて考え込んだ国王。
しばらくして口を開く。
「……そうか。これを機にエルレが良い方向に変わってくれれば良いのだが……」
「間違いなく、よりご立派になられますわ。その後は私が責任を持ってご指導させて頂き、そして数年後には王女の座に返り咲かせて見せましょう――」
国王は宙に頷き、安堵の息を吐いた。
「ダージル……ダージル……!!」
月明かり照らす螺旋状の階段をひたすら登るエルレは、ダージルの待つ自室に急いでいた。
幼馴染であり、戦友であり、ライバルであり、そして唯一の自分の理解者である彼女に、会いたくてしょうがなかった。
いつでも優しく、共に笑い合ったダージル。
一緒に修行に励み、風呂で身体を洗い合い、寄り添って寝たダージル。
母親に叱られた時も、父親から拳骨を貰った時も、どんな時でも一緒に泣いてくれたダージルに。
彼女の胸に飛び込みたくてしょうがなかったのだ。
「ダージル!!」
勢いよく扉を開け放った。が、そこにあったのは見慣れた自室でもなく、待っているはずのダージルでもなかった。
「あら、遅かったわねぇ。お・ひ・め・さ・ま」
家具が潰されシャンデリアが落ちた、荒らされ尽くした自室で待っていたのは、胸や片足を大きく露出させた黒革のドレスに身を包む魔女の様な見た目の女だった。
大きな縫い目の入ったドレスは引き締まった身体にぴったりと密着し妖艶に身体のラインを浮かび上がらせ、胸元から襟まで走った白い獣毛が豪華さを演出している。
長く伸びた黒髪は月明かりを浴びて怪しく光り、埋め込まれた大きな双眸は見る者を圧倒させる力を孕んでいるように思える。
「待っているのが退屈で、ちょっと遊んじゃったわ」
艶めかしい口調で言う女。
そんな女を目の前にしたエルレは眉間に皺を寄せ、叫ぶように言い放った。
「なんで……なんであんたがここにいるのよ――!?」
その長い爪、青く染まった唇。そして、身の丈ほどもある大振りな漆黒の杖。
口に出すのも憚るほど嫌う名。その総称。
「――
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