過去からの解放者

 「僕のことはエリーって呼んでほしい」と言って男性は握手を求めた。


 しかし仰木はそれに応じず、喰ってかかる。


 「か、解放者だと!? もしかしてこの王国の解放者ってのはあんたのことか!? それにフランス王国って……!」


 「申し訳ないが君の言う解放者とは別の解放者だよ。僕は世界を旅するただの流れ者さ。でも君も僕と話をしたいはずだよ。君、地球からきた人間だろう? おそらくは東洋人の」


 眼を見開いた仰木は小屋の男の言葉を思い出した。

 ――いろんな世界から流れて来ちまう――、と男は言っていた。 


 それはつまり仰木がいた世界以外からもこの世界に迷い込む人間がいるという解釈で間違いないはず。その中で同じ地球から来た解放者に会えたことは幸運以外のなにものでもない。


 「そ、そうだ!! 日本から来た!」


 「日本……たしか極東の鎖国国家だったね」


 「鎖国……?」


 違和感を覚える仰木。先程もこの男性、エリオットはとある国の旧名を口にしていた。


 フランス王国――時代区分では近世に当たる何百年以上前のフランス共和国の名だったはずだ――。


 「……鎖国なんて日本は遠の昔にやめてるぞ?」


 首を傾げたエリオット、少し空いて尋ね返す。


 「……君が来た時代は何世紀だい? 西暦で言えるかな」


 「二○二○年だ」


 「……なるほど、そういうこと……」


 ふむふむ、と一人で納得している彼に仰木が説明を促した。


 「ちょ、どういうことだよ! 俺にも説明してくれ!!」


 「ああ、ごめんごめん、一人で考え込むのは僕の悪い癖でね。どうもこちらの世界に転生される人間には時間のズレがあるらしいんだよ」


 「時間のズレ!?」


 「そう。この世界には僕らの世界以外から来た解放者もいるってことは君も知ってるよね? その解放者の一人から聞いた話なんだけど、どうやら同じ世界でも連れてこられる時代が前後滅茶苦茶らしいんだ」


 眉間に皺を寄せて仰木は問う。


 「つまり過去の人間がいるってことかよ?」


 「過去の人間も、未来の人間もね。現に僕からすれば君は未来の人間さ。四百年も先の未来、聞きたいことが山積みだよ」


 笑う解放者エリオットは、さぞ愉快そうである。きっと時代は違いながらも同じ世界から来た人間と会えてうれしいのだろう。


 「……そ、そうか。俺も聞きたいことが山ほどあるんだが、えっと、エリオット?」


 「エリーでいいって」


 「エ、エリー。でも悪い。俺には今あんま時間が無いんだよ……」


 俯いた仰木の肩にエリーは手を添える。


 「ああ知っているよ。わがままなお姫様のお尻をぺんぺんしなきゃいけないんだろう?」


 「!! 知ってるのか!?」


 「ああ知ってるとも。僕は耳が良くてね。明日の午後の鐘の鳴る時に王城前広場……だったよね?」


 仰木は呆気にとられる。なぜ彼と騎士の会話を知っているのか、どういう仕掛けなのか全くわからない。


 「転生早々、面倒事に巻き込まれて不運だったね。でもそう心配することはないよ。君の力ならそのなまくら一本あれば十分彼女を圧倒できるだろうから。ああ、でも解放者であることは隠しておいたほうがいい、包帯を巻き直しておくんだ」


 そう言って仰木の肩から手を引っ込めると、彼はなにかを囁いた。

 すると――。


 「なんだ!?」


 一瞬、地下の下水道に黒い風が巻き上がったかと思えば、エリーの手に吸い寄せられ、そして何かの形を成していく。

 そして風が止んだ時、彼の手には大振りの杖の様な物と浅葱色の服が乗っかっていた。


 「これ、俺の羽織!!」


 「せっかくの晴れ舞台にそんな薄汚いローブじゃみっともないからね。元々はこの国の軍師の装束だけど、日本人の君には良く似合ってるよ。えっと……サムライ……だったかな?」


 「ありがとう! 恩人たちから貰った大切な物だったんだ!」


 「いいさ」と頷くエリーは、杖を軽く振って見せる。すると仰木の頭上に一枚の羊皮紙が現れ、ひらひらと彼の腕に落ちた。


 「そのナンセンスな首輪が外れたらこの場所に来てほしい。王国を出て東に進んだ先の森の中さ。そこで落ち合おう」


 眼を落とすと、簡単な地図が描かれていた。そう離れていない森の中に塔のようなものがとび出している。幸運にも王国から東ということは小屋の三人の拠点、オーグガルドという街の方向とも合致する。


 「分かった! 明日、生きてたら向かうことにする!」


 「大丈夫さ。おっといけない、大事なことを聞き忘れていたよ」


 「なんだ?」


 「君の名前は?」


 そう言えば自己紹介をしていなかった。仰木は自分から握手を求めて名を告げた。


 「仰木だ。仰木大和。よろしくな!」


 「オーギ……だね。こちらこそ、仲良くしようオーギ」


 エリーは握手の手を握り返す。その手は大きく、少し冷たかった。


 「では、行ってらっしゃい、オーギ。生意気なお嬢さんをしっかり躾けてくるんだよ?」


 「ああ! あいつらには散々甚振られたからな! 倍返しにしてやるぜ!」


 「ふふ、その意気さ」


 エリーは杖をくるりと回し、「カンッ」と水面の底を突いた。

 次の瞬間、驚くべきことに足元を沈めていた汚れた水がどこかに消え失せ、暗いトンネル内が明かりに照らされた。


 目の前で起こった超常現象に空いた口が塞がらない。

 再びエリーが笑う。


 「ヨーロッパの人間は魔法への憧れが強くてね。僕も子供の頃からファンタジーが大好きだったんだ。ステータスを振る時は迷わなかったよ」


 「なるほど……あんたも俺と同じ゙馬鹿゙だったんだな」


 「分かりにくいのが悪いよ」


 「そりゃそうだ」


 互いに笑い合い、振り返った二人。

 エリーが背中で囁く。


 「あの二人は以前から権力を盾に好き勝手やっていてね。自分の地位のためなら他人がどうなろうが構わないと考える、小生意気な魔女なんだ。遠慮はいらないよ、二度と豪華なディナーの席に座れないようにしてあげるといい」


 あの態度、やり方、そして顔。

 大貴族相手に誰もものを言えないのだろう。

 このまま放っておく訳にはいかない。


 「任せとけ。俺が成敗してくる。明日は魔女狩りの日だぜ」


 そう言って仰木は照らされたトンネルを戻って行った。

 しばらくして振り返ったエリーは、遠い彼の背中を見つめ、何かを思い出すように呟いた。


 「魔女狩り……か。やっぱり未来を生きる人間にはが知れ渡っているんだね」

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