暗闇を制す

「もうやめとけって、おっさん」


 暗闇に声が木霊する。

 影の中で槍をくるりと回した男はわしゃわしゃと髪を掻いた。


 「何度突っ込んできてもこれがある限り俺には勝てねぇよ。まともな槍を寄越した自分を恨んでくれ」


 仰木は溜息交じりに闇に落ちた水面を見つめた。

 そこにはあの店主が荒く呼吸を取りながら蹲っている。


 「……なんで……だ……! なんで召喚されたての解放者がこんなに強い……!? 力にはまだ……手を付けていないんじゃないのか……!?」


 「ああ悪い。良く分かんなかったからてきとーに振っちまったんだ。全部」


 震えた口で仰木の言葉を反芻する店主。

 その反応から、やはり慎重に選ぶのが普通なのだと今一度彼は後悔する。


 店主が襲い掛かってきてというもの、まともな得物を手に力を存分に発揮した仰木は掠り傷一つ追うこと無く店主の剣撃をやり過ごし、殺さない程度の攻撃で戦いを制していた。


 店主も多少の戦闘経験はあったようだが、正直言って話にならなかった。

 剣筋を読み弾き飛ばすことなど朝飯前、狙った場所に一撃を見舞うことなど目を瞑ってでも出来た。


 「……はっ、馬鹿な解放者もいたもんだ」


 「うるせぇよ。馬鹿はもう言われ飽きてんだ。んで、おっさんどうするよ? まだやるのか?」


 立てた槍にもたれ掛る。

 起き上がった店主は鼻を鳴らした。


 「本当は今すぐ白旗振りたいところだが……俺も後が無くてなぁ。あんちゃんに通報されれば俺は牢獄行きだ。生きて返すわけにはいかねぇよ!」


 再び何度目かの突進を繰り出す。鬼気迫るものがあるが、仰木は動じない。


 「腕切り落としても結局殺すつもりじゃねぇかよ」


 そっと呟くと、片手で槍を持ち上げて縦に一回転させた。

 円を描いた下からの一撃が、襲い掛かる店主の顎を直撃。真上に跳んだ店主の身体は土の天井に激突し、一瞬停止したあと水面に叩き付けられた。


 汚い水飛沫が目の前で飛散する。


 「遊びに付き合ってやれるほど時間ねぇんだよ。騎士団に通報しない代わりにコイツは貰っておくぜ。じゃあな」


 急所に重い一撃を受け、ぐったりと倒れて動かない店主を一瞥した仰木は来た道を戻り始める。

 振り返った背中を薄目で確認した店主。暗闇に笑みを浮かべた。


 「隙ありだ小僧!!!!!!」


 手を伸ばし、剣を振れば届く距離の不意打ち。やられると分かっていながらも突進したのはこの一撃を放つための段取りだった。


 「まずい――!!」


 仰木は振り返るがすでに切っ先は背中を捕らえている。

 回避もできず、槍も間に合わない。

 勝利を確信したのか、店主が口元を引きつらせたその時だった。


 「がっ!!」


 剣を振り降ろした店主がどこからか打撃を受けて、その場に崩れ落ちたのだ。

 虚しく下水に落ちた身体と剣。


 何が起こったのか理解できず眼をパチパチと瞬かせる仰木の前に、一人の人影が現れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る