暗い地下道

 恵んでもらったもので腹ごしらえを終えたあと、彼とコミカル店主は店の裏手に出た。


 煉瓦の狭い路地。至るところから雑草がはみ出しているところを見ると、そう手入れはされていないようだ。


 「……手を貸せってのは草取りのことか?」


 「草取りなんかで武器はやれねぇよ。こっちだ、こっち」


 コミカル店主が指差した先には、井戸の様な縦穴に下へ伸びる錆びたハシゴが掛かっていた。


 「最近夜になるとこの下の下水道から魔物の鳴き声がしてなぁ。居座っちまってるのか、毎晩うるさくて眠れねぇんだよ。騎士団も下水に浸かるのを嫌がって相手にしてくれねぇし困ってんだ」


 「……下水道の魔物退治?」


 「武器を欲しがるってことは少なからず戦いの経験があるんだろ? 頼むよあんちゃん。礼は弾むからさ」


 手を合わせて頼むコミカル店主に仰木は溜息をついた。

 武器一本のために命懸けの魔物退治とは、割に合わないにもほどがある。

 断ろうと考えたがすでにタイムリミットは迫っている。他に行く当てもないので渋々首を縦に振った。


 「……はぁ、分かったよ。その代わり退治に使う槍貸してくれよ」


 「もちろんだ」と笑みを浮かべた彼は、雑に立て掛けてあった何の特徴もない鉄製の槍を放り投げた。かなり使い古されており、先端の刃は擦れて槍と言うよりは鉄棒と呼んだ方が相応しいものだった。


 「報酬にはその何倍も良い業物をやるからよ。今はそいつで我慢してくれ。さぁ行くぞ。魔物の場所まで案内する」


 そう言うと、コミカル店主はハシゴを降りて行った。





 「くっそぁ、せっかくおっさんたちから貰った袴が台無しだぜ……」


 足の甲を沈める下水に眼を落とした仰木は嘆いた。

 狭く細く、そして暗いトンネル内に声が反響する。


 「そう落ちこむなあんちゃん。帰ったら綺麗に洗ってやるから、さっさと進むぞ」


 ランタンを片手にコミカル店主は下水の中を往く。


 「それにしても暗えなぁ。下水道っていっても明かりくらいはありそうなもんだが」


 「新しいのが出来て使われなくなっちまった場所なんだよ。だから人も寄り付かねぇ」


 だから魔物が住み着き、騎士団もほっといている訳か――、と仰木は呆れ顔を浮かべる。

 コミカル店主が背を向けながら問いかけた。


 「それにしてもあんちゃんよ。槍欲しがってたが、そんなに得意なのか?」


 「ん? ああまぁ、少しだけな」


 「前に使ってたのはどうしたんだ? それに戦士なら得意武器じゃなくたって何かしら得物は持って出歩くもんだろ?」


 「俺は戦士なんかじゃねぇよ。前に使ってた棒……じゃ無かった、槍は折れちまって、それ以外の武器もめっきり使えねぇから仕方なく街中探し回ってたんだ」


 「びた一文無しにか?」


 「あぁ、まぁなんだ。ここら辺に来たのが初めてなんだよ。使える金、持ってなくてさ」


 「……そうか、そりゃあ――――良かったぜ」


 そこで前を歩くコミカル店主はびたりと足を止めた。

 細いトンネルを抜け、少し開けた空間。天井も高い。


 「なんだよ? 魔物の住家に付いたのか?」


 「魔物なんていねぇよ、あんちゃん、いや――解放者様よぉ」


 「は?」と首を傾げる仰木に、彼はゆっくりと振り返った。


 「魔物も人も、なんにもいねぇよここには」


 その顔を見た瞬間、仰木はようやく気が付いた。


 暗く人気のない地下下水道。渡された古い鉄棒同然の槍、討伐を依頼したのに自ら武器を持ち、着いてきた店主。

 そしてランタンの火に照らされた、引き吊った笑顔。


 人を騙す悪人の面。


 ――嵌められた、と。


 そして彼の脳裏にはあの小屋で会った三人組の言葉が駆け巡った。


 ――兄ちゃんは解放者、いろんな人間から求められるってよ――


 そのいろんな人間とは当然力を狙う悪人も含まれているのだろう。


 「……ちっ。街の人達が優しいから油断した。そりゃ中にはこういう人間もいるよな。ああ分かってるよ。良い顔して寄って来る悪人には慣れてんだ」


 「話が早くて助かるぜ。それでどうするんだ?」


 背中の剣を抜き去り、コミカル要素が消え失せた店主は切っ先を向ける。


 「どうするってのは、どういう意味だよ?」


 呆れたように息を吐きだした店主は声を張って告げた。


 「おとなしく右腕を切り落として生きて帰るか、死ぬかに決まってんだろ!? そんなこともわからねぇなんて、よっぽどこの世界に来て日が浅いんだな!!」


 どうやらこの男は解放者について知り尽くしているようだ。先程の会話から仰木がこの世界に来て間もなく、そして戦闘の経験が薄い解放者だと理解したらしい。

 仰木が右腕に目を移すと、そこにはあの宝石のブレスレットが包帯の隙間から覗いている。


 「……こいつがそんなに欲しいのか?」


 「あったりめぇだろ!! 解放者のブレスレットが闇ルートでいくらで取引されてるか知ってっか!? 二億ガル、一生遊んで暮らせる金が手に入るんだ!! こんな寂れた武器屋なんて明日にでも捨てられるんだよ!!」


 店の経営難が原因の犯行か――、仰木は背中の槍を握りながら溜息を付く。


 「人殺してまで金欲しいっていう輩はどの世界でもいるんだなぁ。んで? なんで腕を落とす必要があんだよ?」


 「そのブレスレットは誰にも外せねぇんだよ!! あんちゃんにも俺にも、誰にもな!! だから腕ごと切り落として外すしかねぇのさ!!」


 「なるほどそういうことか。教えてくれてありがとよおっさん。でも悪いな、今この力を失うと俺、いろいろやべぇんだ。大人しく従う訳にはいかねぇんだよ」


 ニヤッと笑った店主がランタンを壁際に投げ、そして両手で剣を構えた。


 「槍を抜いた時点で利口な奴だなんて思ってねぇよ!! 覚悟しな、解放者ぁ!!」


 暗闇に揺れる陽炎の中、戦いは始まった。

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