放浪の魔術師

王国市場を往く

 明日、午後の鐘が鳴る頃に王城前の闘技場に来なさい――。


 それだけ告げられた仰木は城の裏手にある雑木林に捨てられた。

 決闘への準備と、せめてもの慈悲で一日だけ自由にしてくるということらしいが、直前に首に巻かれた首輪で王国外への逃亡は防がれていた。一歩でも国内から出た場合、出火して全身丸焼けになるらしい。


 ただそんな絶望的な状況下でも、彼は安堵の息をついていた。


 「奇跡的に助かった……言いたいことは言ってみるもんだな……」


 彼の必死の恫喝。死を覚悟して放った雑言が功を奏したらしい。

 あのまま彼女たちの思うままに進んでいた場合、エルレが言っていた通り全ての罪を擦り付けられ首を切られていたに違いない。ずっと身を拘束されたまま、武器を持てる機会など一切渡されず終わっていただろう。


 あの類の高飛車な人間はプライドを傷つけられることを一番嫌う。それを挽回するために徹底的な制圧を実行しにきた。


 戦いの機会を与えたこと、後悔させてやる――。


 「まさか一日も自由にしてくれるとは思わなかったけどなぁ」


歩き出した彼の目的はただ一つ。


 「時間なんていらねぇ。まともな棒一本、それだけで十分だ」



 裸の上半身に古ぼけたローブを被って、街を往く。


 活気のある午前の市場はあちこちから人の話し声が聞こえ、どこからか楽器の音が響いてくる。

 街、人、市場に並ぶ物。その全てが仰木が知るものとは遥かにかけ離れていた。


 「そこのくたくたのお兄ちゃん! ベイルの実、一つどうだい!? 元気が出るよ!」


 気の良さそうなお兄さんの店主が声を掛けてきた。差し出された手には赤い大きな実が握られている。


 「ああ悪い。この通り一文無しなんだ。買えねぇよ」


 仰木はパンパン、と拾ったローブを叩く。


 「そっか。じゃあ、これ持ってきな!!」


 そう言って店主は実を放り投げた。


 「え、いや、だから金払えねぇって」


 「いいよ!! お兄ちゃん疲れてそうだからな! どこの誰だか知らねぇが困った時は助け合い……だろ!」


 腰に手を当てて笑う店主。その態度からは一切の他意も感じない。


 そのお兄さん店主を含め、街の人達はとても優しかった。

 鬱蒼気味に歩く仰木の姿を見ては呼び止め、様々なものをタダで恵んでくれた。

 市場の通りを過ぎる頃には彼の両手は食べ物や水でいっぱいになっていた。


 「この世界の人は優しいんだな……不愛想な東京の店員とは大違いだ……」


 お兄さん店主からもらった実にかぶり付きながら、彼は足を止めて大勢集まった子供たちの真ん中を見つめていた。

 そこには穏やかな雰囲気の老婆と、屋台が並ぶ。

 語りとポップなイラストの共演、紙芝居である。


 「空を覆った魔王に七人の魔法使いが挑み――」と流暢な語りに子供たちは夢中である。


 「へぇ、この世界にも紙芝居とかあんのか。文化は違っても考えることは案外似てるのかもなぁ」


 しばらくの間子供の頃に戻っていた彼だったが、自身の置かれた状況を思い出してその場を離れた。


 急ぐ足を止めたのはこぢんまりとした武器屋。

ショーケースの中の武器を物色する。

 立派な槍が売られているようだが、柄の部分に八千ガルと書かれたタグがぶら下がっていた。


 「腹は膨れても金はねぇ……。てか買ってもまともに持てねぇかぁ」


 一日の猶予では槍を満足に扱えるだけの身体に仕上げることもできない。

 彼の頭にあのステータス画面の羅列にあった【筋力】の文字が浮かぶ。


 「くっそぉ……もうちょっと冷静に選んでおけば良かったんだ……」


 額をショーケースに引っ付けて歯噛みした彼に、店のドアから現れた男性が声を掛けた。


 「なんだあんちゃん? 武器をお求めかい?」


 眼を向けると、鞘に収まった剣を背負う小太りの中年男が立っていた。小さな身長にくるんと立ったアホ毛がコミカルな見た眼を演出している。


 「ああ。どうしても槍が必要なんだが金が無くて……」


 「金がねぇんじゃどうしようもねぇなぁ」


 落ち込む仰木の身体を、髭を弄りながら物色したコミカル店主。

 彼の格好も相まってただならぬ気配を感じ取ったのか、やれやれといった感じで告げた。


 「タダじゃやれねえが、手貸してくれるってんなら考えてやってもいいぜ?」


 「マジでかおじさん!? 今日一日だけならなんでも手伝えるぜ!!」


 コミカル店主に促され、仰木は店の中へ入っていった。


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