微かな灯火
あれからどれほど経ったのだろうか。
どれほどの苦痛を味わわされただろうか。
光の無い半開きの眼を床に落とし、彼は死人のようにただ項垂れていた。
そこに響く、悪魔二匹の声。
「ふぅ……素敵な顔になったな。恋に落ちてしまいそうだ」
紫髪の悪魔が呟く。
「自分のしたことの罪深さが分かった? このゴミ屑」
赤髪の悪魔が髪を掴み上げ、面を上げさせる。
引き吊った笑顔が、憎たらしくておぞましい悪魔の嗤い顔が眼に映った。
「あんたのせいであたしたちは見限られたの。あんたのせいであたしたちの騎士団は全滅したの。あんたはこれからその事実をお父様の前で、民草の前で泣きながら叫ぶのよ? できるわよね?」
心底汚らしい顔だった。
初見で感じた美しさなどどこにもない。
今まで会った人間の誰よりも醜い彼女たちに、嫌悪感が湧き上がる。
「できるのかって聞いてんの!! 答えなさいこの蛆虫!!」
響き渡った恫喝に、彼は口を震わせた。
「……じゃ無いはずだ」
「? なに?」
「俺だけじゃ無いはずだ……騎士たちをおいてあの場所から逃げたのは……」
死んだ瞳に微かな光が宿る。それは怒りの火だ。
「……あと【二人】居たはずだよな? 自分の部下たちを捨てて逃げた最低の隊長様がよ……」
二人を睨み返しながら仰木は続ける。
「父親に見限られたって? 家を追い出されたって? それは俺が群れを呼び寄せちまったからじゃ無い。お前ら二人が自分の部下を見捨てて逃げたからだろ……! 上の立場でありながら守ろうともせず、傷一つ無い綺麗な身体で帰ったからお前らは――!」
その時、彼の腹を鎧の膝が打った。
悲痛の声を上げて俯いた彼にエルレが呟く。
「――あんた自分が何言ってるか分かってる?」
「……ああ分かってるさ!!」
それでも声を上げる。顔を歪ませながらすべての責任を押し付けようとする悪魔に喰ってかかった。
「あの場で逃げる選択をお前らだろ!! まだ騎士たちが戦ってるのに、何も指示することなく俺だけを拾ってさっさと逃げたのはお前ら二人だ!! 俺を助けた理由もあの中で位が一番高いのは軍師だったからだろ!? 立場の低い騎士たちは見殺しって訳だ! そんな最低最悪な娘を見限ったお前らの父親はきっと立派で賢い人間だろうなぁ!!」
「ははっ」と無理に笑って見せた彼に、二人はきつく歯を食いしばる。
本心を突かれた、何よりの証明だった。
「俺の言ったことが何か間違ってるか大貴族様よぉ!? できるもんなら弁解してみろよ!! それとも何も言い返せねぇのか!? それはそうだよなぁ!! それが事実なんだからよ!!」
内心、恐くて仕方なかった。
一晩中甚振られて二人への恐怖心は魔物を前にした時など比べ物にならないほど膨れ上がっていた。
でも言わないわけにはいかなかった。
自分のためにも、そして全滅した騎士たちのためにもだ。
「何とか言ったらどうなんだ!! ああ!?」
彼は口を震わせて怒鳴り返した。
目の前の二人は前髪に両目を埋め、ただただ押し黙っている。
沈黙に彼の呼吸が数回響いた後、遂にエルレが口を開いた。
「――――侮辱よ」
仰木はごくりと唾を呑む。露わになった瞳は憤怒に震えていた。
「ガルディア王国第一王女に対する筆舌な侮辱。あんたはそのまま首を切るだけじゃ足りない。大勢の前で甚振って殺してやる」
一呼吸おいて、彼女は告げた。
「――決闘よ。明日、あたしが相手してあげる。それでどちらに非があったのか、しっかり決めよっか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます