叫びの月夜
ことの原因は鞄の中の角だった。
聞けばレッドファングたちの角は魔力を探知できる探知能力を持っていて、弱い視覚の代わりにそれを自らの眼として活動しているらしい。そして魔力を探し出す角本体にもまた魔力が蓄積されている。
惨殺された子供を見つけた親たちが、角の魔力を辿り襲ってきたというのが襲撃の全貌だった。
ただの不意の事故だ。
知識のない仰木には防ぎようのない不可抗力のはずだった。
そのはずなのに、なぜ。
なぜ俺が――。
「がぁああああああああああっ!!!!!」
裸にされた上半身に鞭が打たれた。すでに傷だらけの身体にまた一つ、赤い線が入る。
両手を鎖で繋がれて首を垂れる仰木。
眼を落とした冷たい床に、豪華な鎧に包まれた足元が霞んで見える。
「あんたのせいよ……。全部……あんたの……!!」
彼の眼の前には襲撃の生き残りの一人、騎士長のエルレが立っていた。
赤髪を逆立てて怒る彼女は、片手に持つ鞭を再び振り上げる。
「……や、やめてくれ……」
「口を開くな!! カス!! ゴミ!! 蛆虫!!」
次々と振るわれる鞭。
その度に断末魔の悲鳴が薄暗い地下室に響いた。
エルレとダージルの二人は仰木を連れて戦いから離脱後、ガルディア王城に帰還して直ぐに彼を尋問した。当然、彼が王国の軍師ではないことなど直ぐにばれてしまい、そして持っていた鞄の中身を検められた際にあの角が見つかった。
レッドファングを呼び寄せる角。
それに倣って集まった群れ。
彼女たちを残して全滅した騎士団。
それが騎士団もとい王国に逆う意図した謀略と捉えられ、仰木は監禁された。
そして運の悪いことに、全滅した騎士団は王位継承権を持つ第一王女と王国貴族の中で絶対的な力を振るう大公家の令嬢が騎士長を務める騎士団だったのだ。
王国に背き国家転覆を図った叛逆者。
それが今の仰木の名だった。
「この野良犬がぁ!!!!」
鎧の膝が顔面を穿った。
鼻と口から赤黒い血が滴り落ちる。
荒く呼吸するエルレは失神寸前の仰木の髪を掴み上げた。
「あんたのおかげで……あたしたちの尊厳は地に落ちたのよ……!! あたしはお父様に見限られて、ダージルは家を追い出された……。あんたの……ただのギルドのカスのせいでね!」
彼が別の世界から来た解放者であることは気付かれていなかった。腕のブレスレットも小屋の青年が手当の際に巻いてくれた包帯で上手く隠れていたが、代わりにギルドカードが見つかってしまい、たちまち彼はギルド所属の人間と見なされた。軍師を襲い身ぐるみ剥いだ盗賊だとでも思っているのだろう。
「さぞ愉快でしょうね……!! あんたみたいなカスが私たち大貴族を陥れられて……!! どんな気持ちなの? ねぇ、答えなさいよどんな気持ちなの!?!?」
怒りに顔面を歪ませた彼女はつま先で腹を蹴り上げる。
「がぁっ……!!」
大量の血を吐き出して噎せ返る仰木は、段々と意識が遠退くのを感じた。
しかし、そんな彼を目覚めさせたのは更なる痛みだった。
吊り上げられた右腕の上腕に刺すような激痛が走る。
目を向けると、そこには細く鋭い矢が貫通していた。
「そんな簡単に殺してしまっては駄目だエルレ。私の分もしっかり取って置いてくれないと」
地下室の壁際に寄りかかっていたもう一人の生き残り、紫髪の騎士長ダージルが弓を片手にスタスタと近付いて来る。
「可愛そうに、こんなに傷付いて。さぁ、今直してやるからな」
ボロボロになった仰木の顔の高さに屈み込み、微笑んだ彼女。両手を掲げると緑色の光が溢れた。
「う……これは……身体が軽くなってく……」
「治癒魔法だ。これで元気になったな。じゃあ――」
定まった視界の中心で、ダージルは悪魔の笑みを浮かべていた。
「――楽しい楽しい二回戦目といこうか」
次の瞬間、傷が消え失せた上半身を青い炎が包み込んだ。
再び断末魔は響き渡る。
深い月夜を越え、そして東の地平線から朝日が覗くまでその悲鳴は続いたのだった。
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