浅葱色の雷光
数本の矢が彼目掛けて放たれた。
先程のような威嚇射撃ではなく、身体に狙いを定めた軌道だ。
ただ棒を構えた仰木は動かない。
動く必要が無い。
マジで止まって見えやがる――、彼は今、武道を極めた超人の感覚を体験していた。
槍を握った瞬間から身体の感覚はまるで別物になっていた。
鋭敏な視覚、弓の弦の震えまで捕らえる聴覚、嗅覚や全身の触覚に至るまで研ぎ澄まされていた。
――自分の身体じゃないみたいだ――
最小限の動きで棒を振った彼は、一瞬で全ての矢を叩き落とした。
「な、なんだぁ!? あいつなにしやがったぁ!?」
どうやら盗賊たちの目には留まらなかったようだ。
高速の動きに乗った
先端は音速を越えている。
「ははっ、なんだこりゃ……!」
冷静に確かめた自分の能力に思わず苦笑いをこぼす仰木。
斧を振りかぶった四人の盗賊が迫る。
「ただのまぐれだ!! さっさとやっちまえぇ!!」
もし直撃すれば身体が真っ二つになりそうな大きな斧、しかしその分隙も大きい。
いや――。
「隙だらけじゃねぇか……よ!」
仰木は踏み込むとまず一人目の脇を横に一閃。続いて二人目の腹を突き、残った二人を遠心力を使った回転で吹き飛ばす。
その間二秒弱。流れるような身軽な動きには一切の無駄が無く、隙も無い。
そしてその四人は地面に伏してから再び動くことは無かった。
どうやら気を失っているらしい。
「は……ど、どうなってるぅ!? あの馬鹿みてぇな力はなん――!!」
「全振りの力だ!! あと馬鹿は余計だぜ変態仮面!!」
盗賊の間に飛び掛かった仰木。縦の回転で盗賊を打ち上げて黙らせ、その隙に周りを蹴散らしてゆく。
「近付きすぎるな!! 矢だ!! 矢を撃て!!」
言葉通り、再び矢が迫る。今度は全方向から、数も多い。
「くらうかよぉお!!!」
空中に跳んだ彼は三百六十度に高速で槍を振り回した。すると彼を中心に鎌鼬が巻き起こり、全ての矢をへし折って見せた。
仮面の隙間から覗く眼が見開かれた時にはすでに遅い。
着地した彼から伸びた棒は目にも止まらぬ速さで次々と盗賊を薙ぎ払ってゆく。
それはさながら地上を駆け巡る浅葱色の雷光の如く、風を切り空間を支配する。
「う……うがああああああああ!!!!!」
一際大きな仮面が突進を試みた。武器を持たずの丸腰の突撃。倒してくれと言っているようなものである。
「デカ物かぁ!! 関係ねぇ!!」
顔の横で槍を構え、息を大きく吸って渾身の突きを繰り出した。
「吹っ飛べぇ!!」
先端はみぞおちを捕らえた。
一瞬時が止まったように停止した巨漢は、声も出せずに後方へ跳び、岩に激突して倒れ込んだ。
四、五メートルはありそうな岩石にはヒビが走り、数瞬待ってボロボロと崩壊が始まる。
その光景を見つめる残りの仮面たち。
固まった彼らの背後に、風が鳴る。
そこから先は一瞬の出来事だった。
見えもしない得物に仮面は砕かれ、眼を見開いた時には空中を舞っていたのだった。
「もうあんたは襲わねぇ!! 勘弁してくれぇ!!」
一人の仮面が膝をついて懇願している。
唯一気絶せずに済んだ彼は仰木の足元で必死の様子である。
「ああそうしてくれ。俺もちょっとやり過ぎちまったみてぇだ、悪かった」
伏して動かない仮面たちを見渡して少し悪気を覚えた彼は、少し困ったように髪を掻いた。
レッドファングとの一戦とは違って戦いの記憶はあるものの、攻撃に集中しすぎて周りの状況を良く見れていなかった。
一人のところを襲われたとはいえ、少々やり過ぎだろう。
少し悩んだ彼は、肩に掛けた鞄を降ろし、ごそごそと中を漁った。
「お詫びと言っちゃなんだが、これ欲しいか? 珍しいものだと思うんだが、重くて荷物になるんだよ。良かったら貰ってくれ」
仮面の前に差し出されたのは二本の赤い角だった。
価値は分からないがきっといくらか金になるだろう。やり過ぎた詫びにはちょうどいいと仰木は考えたのだ。
じっと見つめた仮面だったが、急に様子が一変し、怖気づくように後退りした。
「……い、いい!! 折角だが遠慮させてくれ……! それに襲った相手から礼を貰うなんて盗賊の流儀に反するしなぁ……! じゃ、じゃあ失礼する!!」
「盗賊の流儀って何だ?」という仰木の問いに答えること無く、仮面は伸びた盗賊たちをおいて逃げるように走り去っていった。
茫然と立ち尽くす彼は、吹く風に呟いた。
「……これ……あんまり高く売れねぇのかな?」
倒れた仮面たちの真ん中に、仰木は寂しく取り残されたのだった。
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