二人の騎士長
枝使いの初陣
「良かったのかい、あんた?」
女が中年男に問いかける。
腕を組み溜息を付くその様子はどこか呆れているようにも覗える。
「いいさ。どうせそこらで伸びてた騎士から奪った装備だ。大した金にならねぇよ」
「いやそのことじゃなくてだね……」
「あん?」と顔を向ける中年男。女が髪を掻き上げて答えた。
「せっかくの召喚されたての解放者だよ? あれを奪う千歳一隅のチャンスだったじゃないか。隙はいくらでもあったんだ」
女の言葉に青年も頷く。
そう、彼らは法に縛られないギルドの人間。決して困った人間を救うお助けヒーローではない。有力かつ無知な解放者相手にやりようなど幾らでもあったのだ。
その気になれば拘束して飼いならすことだって出来たのだろう。
「なんで指示を出さなかったんだい?」
「もう力を持っちまった後だったんだからしょうがねぇだろ。それに、お前らも聞いたはずだぜ? あの兄ちゃんは――」
三人は大きく息を吸いあげた。
「――あの全振りだ。戦いになったら勝ってっこねぇ」
小屋に少しばかりの沈黙が流れる。
女と青年は考えるようにして仰木が出て行った扉を睨み付ける。
「相手にならねぇならいっそのこと恩を売って呼び込んだ方がいいと思ってなぁ。お前らもそう思うだろ?」
そう呟いて、中年男も二人と同じように扉を睨み付けたのだった。
「いろいろ世話になっちまった。ほんと親切な人達で助かったぜ……」
そんな三人の思惑も知らず、地図を指した男の指先通りに歩を進める仰木は丘の斜面を登っていた。
話通りならここを上った先の橋を渡れば当の王国が見えてくるはずである。
肩掛け鞄に貰った小袋を引っかけて、青空の元で吹く強めの風に浅葱色を揺らす。
例の温度調整の魔法とやらが聞いているのか、肌寒さは感じない。
「なんか少しでも礼をした方が良かったか……あ!」
ハッと何かを思い出した彼は学校で使う道具が詰まったカバンをこじ開ける。そこには教科書の他に赤く光る二本の角が収まっていた。
「拾っといたの忘れてた……。珍しいって言ってたし、お返しに渡しとけば良かったな……」
あの獣、レッドファングを撃退した際に彼は物珍しさから角を回収していたのだ。せめてもの礼にはもってこいの物だったかもしれない。
「ミスったなぁ……。まぁ、忘れてたもんはしょうがねぇか」
楽観的に考えを切り替えて、カバンのチャックを閉めたその時だった。
彼の足元に、どこからか飛来した一本の矢が突き立てられたのだ。
「うわぁ!! な、なんだぁ!?」
「へっへっへっ!! 止まれ止まれ止まれ小僧ぉ!!」
声の方を見上げると、そこには十数人の仮面を被った奇妙な集団が。
仰木に向けて斧を構え、弓を引いている。
「ま、また変な格好した集団……。この世界はこんな変態ばっかりかよ!?」
「変態とは言ってくれるなぁ! ここは俺たちの縄張りだぁ!! 痛めつけられたくなかったら五秒以内にすっぽんぽんになりなぁ!!」
全裸とは、どうやらこちらの世界の追い剥ぎはレベルが違うらしい。
「パンツも持ってく気か!? どんだけ生活に困ってんだバイトしろ!!」
「わぁ~けわかんねぇこと言ってないでほら、どうするんだぁ!? ボッコボコかぁ? すっぽんぽんかぁ!? ああもう五秒経っちまったぜぇ!?」
インディアンの様な見た目といい甲高い声色といい、東京のチンピラに比べて個性が高すぎる彼らを前に仰木は鼻を鳴らしてしまった。
彼は背中の棒切れに手を掛け、構える。
「あんだぁ? もしかしてこの人数相手にやる気かお前ぇ!? しかもんな枝一本でぇ!?」
「枝じゃねぇ、こいつは槍だ! ちょうど腕試ししたかったんだよ。付き合ってくれるんだよな?」
けらけらと大笑いを飛ばす盗賊の集団。
そんな中、仰木は少しだけ臆しながらも、両手に握った槍から再びあの感覚が流れ込むのを感じ取っていた。
冴え切った感覚、一体感。
どんな芸当も巧みにこなせる圧倒的な自信が湧き上がる。
――こんなチンピラ共、眼を瞑ってでも勝てそうだ――
盗賊たちの周囲を無数の光の筋が走っている。
それはこれから槍が振るわれる太刀筋。
この光を全て塗り潰した時、彼らは意識も無く制圧されているだろう。
「団欒中悪い、そろそろ始めていいか? 身体が高ぶっちまってるんだ」
「はははは!! ああいいぜ枝使い、いやいや槍使いの旦那ぁ! 後悔して泣いてもいいがちびるなよ!? せっかくの売り物が台無しになっちまうからなぁ!!」
次の瞬間、盗賊たちは弓を張り、斧を振り上げた。
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