装備と旅立ち

 「まったくおっもしれぇ兄ちゃんだぜ! せっかくの力を棒に振るなんてよ! だけに!!」


 心底癇に障るオヤジギャグを放った男は「がはは」と大笑いを飛ばしている。

 自ら可能性を手放した自分の愚かさには呆れてものも言えないが、今はそれよりもこのおっさんを黙らせてやりたくてしょうがなかった。


 「く、くっそおおお……!!」


 テーブルに伏せて悶える仰木の背中を、青年が撫でる。


 「まぁまぁオウギさん、そう落ち込むこと無いっすよ。力があることには変わりないんすから。まぁ僕だったちゃんと考えますけどねぇ」


 慰めてくれたと思った直後にこれである。

 仰木は埋めた顔を上げ、言い放った。


 「別にいいんだよ俺は!! 槍でやってくから!!」


 「槍って、あんたが持ってるのはただの棒切れじゃないのさ。良くまぁそんなのでレッドファングを凌げたもんだねぇ」


 言葉がグサグサと胸を打つ。その度に後悔の念に見舞われる仰木である。

 両手で顔を覆ってしまった彼の前に、中年男が大きめの紙を広げた。


 「やっちまったことを後悔してもしょうがねぇよ兄ちゃん! ガルディアの解放者に会いたいんだろ!? 道教えてやるから顔上げな!」


 言われた通りテーブルに広げられた地図に眼を落とした。

 その中の一箇所を男の指先が指した。


 「今俺たちがいる山小屋はこの辺りだ! ここからずっと川に沿って北に進むと丘に当たる。その丘を登って橋を渡ると城下町と王城が遠くに見えるはずだ!」


 言った通りに指を動かし、大きな西洋風の城が描かれた箇所をトントンと突いた。距離はあるようだがそう複雑な道のりではないようだ。


 「あんたたちは一緒に来てくれないのかよ?」


 「あたしらは討伐依頼中だからね、逆方向だよ。いざとなったら全振りした棒切れ振るえばたどり着けるさね」


 テーブルにもたれ掛った女は微笑んだ。

 じっと地図の見つめて大体の道のりを記憶した仰木は立ち上がる。


 「分かった。とにかくそのガルディアって王国に行ってみる。あんたらいろいろありがとうな」


 「おいおいちょっと待てや兄ちゃん! そんな装備で出かけるなんて旅を舐めすぎてねぇか? 魔物の類は何とかなっても環境変化と飢えは凌げねえぞ?」


 そう言って中年男は脇に置いてあった大きなリュックを漁り出した。


 「ここで会ったのも何かの縁だ! 上等なもんじゃねぇがこれ、持ってけや!」


 テーブルに放られたのは折り畳まれた布だった。

 持ち上げて広げてみると、それは袴によく似た藍色のパンツと袖が肩で織られた浅葱色のノースリーブジャケットだった。薄い見た眼の割にずっしりとした重量感が手に掛かる。


 「へぇ、なんか新撰組みたいだな!」


 「? しんせ……まあいい! とにかくそんなヘンテコな服よりこれを着てけ! 動きやすいし見た眼より防御性能もある! 体温調整の魔術もかかってるからある程度の寒暖差は問題ねえ筈だ!」


 体温調整の魔術ってなんだと問いかけようとしたが、どうせ自分にはよく理解できないと察して口を閉じた。


 「助かる! 早速着替えてみるよ!」


 あちこちが破れた制服を脱ぎ捨てて手早く服を着つけてゆく。

 ひらひらと揺れる袴に足を通し革製のベルトを閉め、シャツの上から少し丈の長めなジャケットを羽織りへそ辺りでボタンを止める。

 鮮やかな浅葱色が百八十センチの高身長を包み込んだその姿は、先程彼の言った通り新撰組の羽織のようだ。


 「おっ!! いいじゃねぇえか!! 雰囲気出てるぜおバカな槍使いさんよぉ!!」


 「おバカは余計だっての!!」


 右に左に身体を振って調子を確かめる仰木は、衣装の様な服装に少し頬を赤らめる。恥ずかしさもあるがこの世界では制服よりも目立たないらしいし、何よりボロボロの服であちこちを歩くよりは幾分マシなように感じた。


 「槍を使うなら身軽な方が良いだろうしねぇ、いいんじゃないかいあんた!」


 「そ、そうだな! これ本当に貰っていいのかよ?」


 「ああ! 構わねぇよ! ガルディアまで気ぃ付けてなぁ! あと大した量は無いがこれも持ってけ!」


 男は装備に合う革の履物と手袋、そして小袋いっぱいの果実や水を分け与えてくれた。初対面の相手に椀飯振舞の男に仰木は問う。


 「あんたらはなんで初めて会った俺なんかにこんな良くしてくれるんだ? 返せるもんなんて……」


 眼線を合わせる三人。

 男が笑いながら口を開く。


 「さっき言ったろ! 兄ちゃんは解放者、いろんな人間から求められるってよ!」


 青年がポケットから取り出したカードをテーブルに滑らせて仰木に渡す。


 「それは俺たちも例外じゃねぇんだ!」


 カードに眼を落とし、本来読める筈の無い文字を読み上げた。


 「ギル……ド、アル……フィス?」


 「ギルド・アルフィス! 自分たちのギルド名っすよ! 以後よろしくっす!」


 ギルドとは確か団体とか組織とかいう意味が合った筈だ。


 「あたしらギルドも解放者の力は喉から手が出るほど欲しくってね。強制はしないけど恩は売っておきたいのさ。わかるだろう?」


 三人が親切にしてくれた理由、それは単に仰木が解放者であるからこそだった。とどのつまり、スカウトということだろう。


 「会社の勧誘みたいなもんか?」


 「会社なんかじゃねぇよ! 俺たちギルドば自由゙なんだ!」


 「自由?」


 「ああ! 誰にも縛られねぇ! 自分たちがやりたいことをやって気の向くままに生きるのさ! 当然危険はあるが悪くねぇぜ!」


 仰木は彼らがギルドと呼ぶものにいまいちイメージが分からなかったが、三人の笑い顔を見ればそれは充実したものだと見て取れた。こういう笑い方をする人間は東京にはあまりいなかったような気がする。


 「元の世界に帰りてぇっていう兄ちゃんの目的を遮るわけじゃねぇが、もし路頭に迷うことがあれば俺たちを訪ねてくんな! 拠点はガルディアから東の小山を登った先にあるオーグガルドって街だ!」


 彼らは装備品を分けてくれただけでなく、仰木の帰る場所まで与えてくれた。心の底から感謝を示す。


 「王国で相手にされなかったら訪ねさせてもらうよ。本当に、いろいろありがとうな」


 深々とお辞儀をする仰木。


 「いいってことよ! さぁ、解放者様の旅立ちだぜ! ちゃちゃっとガルディアまで行って来い! 旅を楽しんでな!」


 再び笑い合う三人は背中を向ける解放者を見送る。

 光の中で靡く浅葱色と黒髪に手を振って、肩に掛かった棒切れが見えなくなるまでその姿を見つめ続けていた。


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