全振りの代償
「かい……ほうしゃ? なんだよ、それ」
またも飛び出した聞きなれないワードに、彼は説明を求める。
「ニッポン……だったか? とにかくこことは違う世界から来たんだろ? ある日突然いろんな世界からこの世界に流れてきちまう、そういう奴のことをこの世界じゃ【解放者】って呼ぶんだ」
理解がまったく追い付かない。
解放者?
違う世界?
この腹丸出しのおっさんは何を言ってるんだと、困惑した表情を浮かべる。
「訳わかんねぇって顔だな。よっしゃ! 初心者様にこの世界について俺が教えてやるよ! そこ座んな!」
促されるままに仰木は椅子に腰かける。
つまりこういうことであった。
この世界には稀に不思議な力を持った人間が現れる。
なぜ現れたのか、理由は分からないがその人間たちはこの世界のことを一切知らず、そしてこの世界の住人も彼等が語る世界のことを知らない。
ただ言葉を理解したり、文字を読んだりする力が事前に身に付いていて生活に適応することができると同時に、その不思議な力欲しさに世界中の人間から求められている――と。
「解放者って名前の由来は知らねぇが、とにかく兄ちゃんみたいなやつはこの世界じゃそう呼ばれてる。なんとなく分かったか?」
なんとなくもなにも分かっていなかった。
つまりこの男は、自分がどこか知らない世界に飛ばされたと言っているのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。全然理解が追い付かねぇ……」
理解はできない。ただそれを裏付けるような出来事には心当たりがある。
不思議な力。
魔物と呼ばれていた奇妙な獣。
日本のことを知らないのに日本語を話す彼ら。
今聞いたことを事実とするならばすべてに説明が付く。
「無理もないね。今いるこの場所はあんたの知らない世界ですって言われて直ぐに受け入れられる方がおかしいのさ。ただ嘘は言っちゃいないよ?」
宙に眼を凝らす仰木を憐れむように、女は溜息を付いた。
「あんたも心当たり、あるんだろ?」
「……ああ、ある」
認めざるを得なかった。
そもそも大都会からこんな森の中に飛ばされて、それが夢じゃなかった時点で予想はできた筈だ。
ゆっくりと立ち上がった仰木はテーブルに手を付いて中年男に問いかけた。
「俺は、どうすりゃいい? どこに行けばいいんだ?」
「それは兄ちゃんがどうしたいかによるなぁ」
どうしたいか。答えなど一つしかない。
「元居た場所に、世界に帰りてぇに決まってる」
腕を組んで唸った男。少し考えたあと仰木に眼を合わせる。
「わりぃが解放者が元の世界に帰る方法は知らねぇし帰ったって話も聞いたことねぇな。俺もそこまで詳しかねぇがその辺の奴に聞いたって答えは同じだと思うぜ?」
「じゃ、じゃあ誰に聞けば分かるんだよ!? こんな異常事態、専門家がいるはずだろ!?」
暢気に放っておく人間だけでは無いはずだと、彼は問う。
三人は再び難しい顔を浮かべると、初めに青年が口を開いた。
「専門家ではないと思うっすけど、同じ解放者ならなんか知ってるんじゃないすか?」
雲間から日が差した様に、仰木の表情が晴れる。
そう、先程の男の話通りなら自分以外にも別の世界から来た人間が居るはずである。
「それだ! どこに行けば会える!?」
今度は女が髪を掻き上げながら答える。
「そうさね……。この辺りで言えばガルディア王国にいる解放者が一番近いかねぇ。といっても会えるかどうかは分からないよ?」
「どういうことだ!?」
「さっき言っただろ? 兄ちゃんら解放者は不思議な力故にいろんな人間から求められてるってよ。どこの組織に所属してるかはそれぞれだが、解放者は共通して上の立場に立ってるってのがほとんどだ」
つまりその力を使って組織の中で成り上がり、高い地位を得ているため普通の人間では簡単にアポを取れないということらしい。
苦虫を潰した様な表情の仰木に、男は暢気に笑いかけた。
「まあそう難しい顔すんな兄ちゃん! たしかに立場は全然違ぇかもしれねぇが兄ちゃんも解放者の一人だ! 案外簡単に会えるかもしれねぇぜ!? すっげえ力をいくつも使えるんだろ!?」
そこで仰木はハッとした。
いくつもなんて使えない。
なぜなら彼は。
「……一つの力に全部振っちまった……」
「……あん?」
「よくわかんなかったし面倒だったからてきとうにやっちまった……。たぶん槍しか使えん……」
愕然とする三人。
青年と女が口元を引きつらせる。
「たしか解放者の力ってやり直しできないって……」
「なんでそんな馬鹿やったんだいあんたは……。それを引き合いにコンタクトとることだってできたかもしれないんだよ……?」
「……だってそんなの知らねぇし……、群馬だと思ってたし……」
仰木は頭を抱えて蹲る。
こんなことならゲームやれアニメやれを人並みに興じてテンプレートを知っておけば良かったのだ。
両手に挟んだその顔には地獄のような表情が浮かんでいた。
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