解放者

 「傷はこんなもんっすかねぇ」


 腰掛けた仰木の腹に包帯を巻き終えた青年はデコを拭った。裸になった上半身の至る所に包帯が巻かれている。


 「親切にありがとう。助かったよ」


 汚れたシャツを着直す彼を、中年男性が物珍しそうに見つめる。


 「ついてなかったなぁ兄ちゃん、レッドファングに襲われるなんてよ!」


 レッドファング。どうやら彼を襲ったあの獣はそう呼ばれているらしい。見た目同様、聞き覚えのない名前だった。


 「ああ、いきなり襲い掛かってきやがったからマジで死に掛けた。この辺じゃあんなのがよく出るのか?」


 露出度の高い女性が鼻を鳴らす。


 「もともと崖の上に生息する魔物だからね。そう滅多にゃ見かけないよ。襲ってきたのがまだ子供だったのが不幸中の幸いだったね」


 「魔物?」と首を傾げる仰木に、青年が問う。


 「オウギさん……でしたっけ? 兄さんどっから来たんすか? この辺に街や村はないはずなんすけど。服もヘンテコだし」


 いやあんたらだけには言われたくない、という言葉を呑み込んで喰ってかかった。


 「そ、そうだ! それを聞きたかったんだよ!」


 「ここは群馬のどの辺だ!? 前橋市にはどうやって行ける!?」


 未だこの場所を群馬だと信じる仰木は、東京への電車がある県庁所在地の名を出した。

 しかし彼の問いかけも虚しく、三人の頭の上にはクエスチョンマークが浮かぶ。


 「グンマ? マエバシ? わりぃがそんな地名は聞いたことねぇなぁ?」


 「聞いたこと無いことは無いだろ!? 日本人ならよ!」


 「ニッポンジン? あんたの生まれたとこかい?」


 まったく話が通じない。

 だからといって彼らが嘘を言っているようにも見えない。

 困惑した仰木は、質問を変えた。


 「じゃ、じゃあここはどこなんだよ! 地名を教えてくれ、自分で帰るから!」


 「どこって」と前置きした青年は暢気に口を開いた。


 「ガルディア王国の南に位置する森林地帯っすよ。ノーマ森林って名前の」


 仰木は空いた口が塞がらなかった。


 ガルディア王国? ノーマ森林? そんな場所は聞いたことが無い。そもそも日本国内に王国などあるはずが無いだろう。


 「兄ちゃんはこの辺の出身じゃねぇのか?」


 数々の疑問が脳裏を駆け巡る。

 眼を泳がせながら、彼は自信無く呟いた。


 「……俺は日本の東京で生まれ育った普通の高校生だ。そんな場所は聞いたこと無い」


 俯いた彼の様子に、中年男性がなにかを閃いたように立ち上がった。


 お互いがまったく知りもしない地名。

 おかしな服装に名前。


 そして包帯の隙間から覗く手首のブレスレット。


 「なんだ、兄ちゃん。あんた――」


 遅れて感付いた青年と女性が目を見開く。

 そし中年男性は仰木のもう一つの名前を呼んだ。


 「――――解放者かい――――」

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