スタンダード

 「そうか……これ槍……」


 仰木は剥いた眼で片手の棒切れを見つめている。

 彼はようやく理解したのだ。


 考え無しに振り分けたステータスと、その意味を文字通り痛感していた。

 手のひらに収まった得物は、とても初めて手にした物とは思えないほど持ち慣れた感覚があった。それはまるで手足のように、隅から隅まで神経が走っているかのような一体感。


 「こんな感覚初めてだ……。すっげぇな、えっと……ス、ステータス!」


 掲げてみたり回してみたり、少し両手で弄んでみてもその感覚は衰えない。それどころか鋭敏さが極まり、触れていない時でさえそこにあるのが完璧に把握できるほどの冴えっぷりである。


 「とにかく助かったぜ……。こいつのおかげだ」


 手首に巻かれたブレスレットを覗き込む様に近付ける。

 収まった宝石は微かに輝いているように映った。


 小川に沿って歩を進めていた。


 道が拓かれているわけではないが、周りの木々がこの川辺を避けて生えているためおのずとここを通らざるを得なかった。


 吹く風が傷口に滲みる。

 幸運にも致命的な傷は負っていなかった。角が突き刺さった一部もそう奥まで食い込まずにすんでくれたらしい。

 週五でシフトに入っていたドラッグストアの力仕事に感謝である。

 

 「いい加減誰か見つけねぇと……」

 

 窮地を脱した仰木だったが、彼は今焦っていた。


 ここ、やっぱりなんか変だ――、と。


 謎のテレポート、見たことのない景色に生き物、そしてあの力。

 明らかに今までの日常から逸脱した事象の連続。

 その連鎖は楽観的な彼の思考を震わせるのに充分だった。


 仰木は自分を襲ったあの赤い角の獣を今一度思い出す。どんなに記憶を探ってもあんな生物の存在は見たことも無いし聞いたことも無い。

 彼は特別動物に興味があったり生物学が得意な訳ではなかったが、それでも今まで十七年間、人並みの生活を送ってきたのだ。

 一般的に知れ渡っているものは知っているし、本やネットで見たこともある。

 特別賢い学生ではないが、常識程度はあるつもりだ。


 そんな自分が、あんな特徴的な生き物を知らずに今まで生きてきたのだろうか。メディアに散々取り上げられ、マスコット的なグッズが発売された挙句、角を大きく強調されたゆるキャラが爆誕してもおかしくないような獣を知らずに。

 

 「どう考えてもおかし――ん?」

 

 しかめた顔で考える仰木の先に、丸太を組んで造られた小屋が見えた。

 ところどころに苔が生えていて少し朽ちているような印象を受けるが、屋根や壁は頑丈そうだ。雨風を凌ぐには十分だろう。


 「い、家だ! 誰かいるかもしんねぇ!」


 人間の痕跡に歓喜の表情を浮かべた彼はすがる思いで足を速め、小屋の扉を叩いた。




 「すみません! 誰かいませんか!?」


 ドンドン、と数回扉を叩くとすぐに中から返事が聞こえた。


 「おう! 勝手に入っていいぜ!」


 気の良さそうな男の野太い声。

 ようやく人に会えた喜びに頬を緩ませて扉を開け放った。

 三人の人間が彼を出迎える。


 「よぉ兄ちゃん、こんな森ん中で奇遇だな!!」


 そう言って大笑いを飛ばすのは先程の野太い声の主、中年の男性だった。


 「あれ、でもなんかボロボロじゃないスか? 手当します?」


 中年男性の脇に腰掛けた、背の小さな少年が立ち上がる。


 「それにしても変な格好だねぇあんた」


 壁にもたれ掛っていた褐色肌の女性はボロボロの制服を見て呟いた。

 立ち尽くす仰木は「え~っと」と髪を掻いて、三人を見渡した。


 「初対面で悪いんだけど、変な格好はあんたたちの方じゃ?」


 眼線の先の三人は、毛皮を繋いで仕立てた服を着ていた。

 長い東京暮らしで変態的な服にも割と理解があった彼でさえ一発レッドカードの判決を言い渡すだろうファッション。

 どこからどう見ても服屋で売っているものではなく、そして街を歩くにははばかられるほどの薄着だった。


 中年男性はほぼ上半身裸で大きく肥えた腹が剥き出し。

 少年はジャケットを羽織っているが薄手で短く、とても肌を隠しきれていない。

 女性に至ってはほぼ水着姿と変わらない露出度である。


 「そんな恰好で街歩いたら速攻警察寄って来るでしょ……」


 眼を見合わせる三人。

 同時に口を開いた。


 「いや、スタンダードだけど?」


 「嘘つけぇ!」


 力ないツッコミが小屋に響いたのだった。

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