第21話 平家、首渡し

 京の大路には人が溢れ、それが来るのを待ち受けている。


 一の谷の合戦で大敗を喫した平家はその将領の多くが討ち取られた。通例ではそのまま葬られる筈であったが、源義経の強硬な主張によって、都大路を渡したうえ獄門に架けて晒し首とする事に決したのである。


 六波羅探題からの触れによって平家一門の首が渡される事を知った人々は、沿道に群れを成している。

 だがそれは単に物見高い者ばかりではない。

 その中には、薩摩守 忠度ただのりから「葉桜」の名で呼ばれた女性の姿もあった。

 忠度とは共に和歌を贈り合い、時には辛辣に批評し合った仲だった。


「お願いです、どうか通して下さい」

 彼女は必死で群衆をかき分ける。乱暴に押し返されても葉桜は諦めず前へ進んだ。やっと最前列へ出た彼女の目前を、は通り過ぎて行く。


 槍の穂先に刺し貫かれた首級が並んでいる。

 京に入るまで日数が経ったせいだろう、それらは元の姿を残しているとは言い難い。しかし、葉桜には見間違いようのないかおがあった。

「……忠度さま」

 互いに深く愛し合った男。その首級だった。


「またお会いできました、ね」

 かすれた声で葉桜は呼び掛けた。

「必ず帰って来るというお言葉、ずっと信じておりました。こんなお姿になっても、それでもこうやって戻って来られるとは、なんて……」

 あなたは。


 ――さざ波や 志賀の都は荒れにしを 昔ながらの山桜かな


 葉桜はそっと呟いた。かつて彼女が酷評した忠度の歌だった。今になって想えばそれは忠度の葉桜への別れの詞であった。


 ☆

 

 初めてこの歌を見せられた葉桜の反応は、忠度の思ってもみないものだった。


「桜だけを残し、あなたは何処へいらっしゃるのです。この歌は……嫌いです!」

 思いがけなく強い葉桜の言葉に忠度は低く唸った。彼としてはもっとも自信のある歌だった。きっと葉桜も気に入るものと思っていたのだ。

「そうか。ならば仕方ない」

 忠度は短く答えたのみで、杯を手にした。



「すみません。好きとか嫌いとか、まるで批評ではありませんでした」

 褥の中できつく抱き合いながら葉桜は忠度に詫びた。忠度は彼女に頬を寄せ、小さく笑った。

「何を言う。世の事は歌に限らず、煎じ詰めれば好きか嫌いかのどちらかだ。あれはそなたに合わなかったのだ。気にするほどの事でもない」


 頷いた葉桜は、そっと忠度の下半身に手を伸ばした。

「でもその割には、元気がございませんよ」

「言うな。これも男のさがというものだ」

 そう言うと、忠度は荒々しく葉桜の唇を吸った。彼女の手の中で、忠度のものが力を取り戻していく。


「必ず、この桜のもとにお帰り下さい、忠度さま」

 喘ぎつつ葉桜は忠度の耳元にささやいた。忠度も息が荒い。

「たとえ都が荒れ果てていてもか」

「桜は幾たびも咲くものにございます。何年かかろうと、必ずこの都へ御戻り下さい。桜はそれをお待ちして……ああっ」

 高く声をあげ、葉桜は忠度の背を抱いた。


「約束だ。必ずそなたのもとに帰ろう」

 優しく葉桜の髪を撫でながら、忠度は誓ったのだった。


 ☆


「お帰りなさいませ」

 葉桜は忠度ら平家一門が都落ちして以来、初めて涙を落とした。



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