『平家物語』の有名なシーンですよね!(*´▽`*)
京都は……。本当に魔境だったんですね……(><)
作者からの返信
もう法皇以下、貴族たちの厭らしさったら。(笑)
平家物語の義仲がらみのエピソードは、ちょっとあんまりです。(京都のかたには怒られそうですけど)
たった5騎。
戦国時代でも、そうでしたね。敗残の武将は悲しいですよね。
義経に法王まで抑えられて、もう逃げ道がない。
この後、巴はどうしたのでしょうね。
なんとなく義仲のあとを追ったような気もしています。子供ができてればべつですけど。そういう話もききませんものね。
作者からの返信
古代中国では西楚の覇王、項羽も最後は20数騎にうち減らされて滅びましたし。残酷なものです。
巴さんの後日譚には下世話なものもあるみたいですね。とかく美女は変な噂をたてられるものらしいです。(小野小町とか千姫とか)
わたしが以前書いた「義経と弁慶」では結構重要な役割を果たしてもらいました。カクヨムコンが終わったら、読んでみて下さい。…気が向いたらでいいです。(笑)
あのー、義仲って夜陰にまぎれて木曽に一目散に逃げ、後日、捲土重来をはかるという戦術をなぜ取らなかったのでしょうかね。
武田勝頼の長篠の戦いも、大軍の織田・徳川連合軍を前にして、衆寡敵せずと、とりあえず退却しなかったのか、実に悔やまれます。
作者からの返信
おそらく義仲と巴さんだったら、余裕で脱出できただろうという気もします。
でも宿将はみな討ち取られてますから、たとえ本拠地の木曾へ戻っても、そこから盛り返すことは不可能だったでしょう。
結局は、奥州に逃れた義経みたいに、味方の裏切りに遭って滅ぼされたのではないでしょうか。
義仲もそれを感じていたから、闘死を選んだのでは。