第10話 麋角解(さわしかのつのおつる)
「お見舞いに来た!」
「わざわざありがとう」
病室に現れたりょうさんにそう言ったら、むっとされた。
「また言う、そういうこと」
「そういうこと?」
「だから、ありがとうって」
「そりゃ、言うよ。わざわざ来てくれたんだもの」
「そういうの、嫌い」
りょうさんは、時々こういうことを言う。お礼を言うと、怒り出す。
「友だちでしょ? 友だちが、友だちに、友だちとして当り前のことをする。それの何がありがとうかな?」
「水くさいってこと?」
「水が、なに?」
「他人行儀」
「他人の、お行儀? 悪いの?」
「ああ(笑)。他人みたいに距離を置くっていうか」
「そうそれ! ゆいさん、ありがとう言い過ぎだから」
りょうさんが育った社会では、それが一般的なんだろう。けど、この国では違う。だから時々、あの人、お礼も言わない、なんて言われてしまう。単なる考え方の違いなのに、常識の問題にすり替わりがち。気を付けないと、と思う。
「ついてなかったね。工事現場で、雪で滑って落ちた資材に当たって怪我なんて」
「ついてたさ。こんな軽傷で済んだ」
「利き腕と両足の骨折るのって、軽傷?」
苦笑するりょうさんに大真面目に頷いてみせた。禍福は糾える縄の如し、ってね。歩けないし独り暮らしだから入院は長引いてしまうけれど、労災があるから、生活にそうは困らない。けど。学校に通えないのは困るな。年が明けたら、3年生はあまり登校しなくなる。
返事は、書けていない。
「ねえ、友だち。頼みがあるんだけど」
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