第7話 乃東生(なつかれくさしょうず)

 部屋の机に向かって、便箋を取り出す。付箋では、間に合わないから。


 あれからずっと、考えていた。なぜ自分は、友人にも伝えられなかった受験のことを、ゆいさんには伝えられたのか? そして気が付いた。相手が、性別も年齢も職業も何も知らない、自分にとってニュートラルな存在だからだと。そして、つい思ってしまった。自ら納得して選んだはずの道に対する胸の内のわだかまりを、吐き出してみたいと。だってそれは、身近にいる誰にも、吐露しえないものだから。

 父母に言えば、それは彼らにとり辛辣な恨み言に響くだろう。友人たちに言えば、何の憂いもなく当り前のように進学のため取り組む自分たちを後ろめたく感じさせてしまうかもしれない―。


『ゆいさん


 便箋でごめんなさい。付箋だと、誰かに読まれてしまいそうだから。

 つまらない愚痴ですが、聞いていただけたなら嬉しいです。


 受験を、しようと思っていました。家の事情で、できなくなるまでは。

 うちは何代も続くお店をやっていて、幼いころから、跡を継ぐつもりでいました。そのためにずっと努力して、必要な勉強をしてきました。

 でも、それができなくなったとわかったとき、目指す灯台の灯りが消えたような、そんな気がしました。海の上の小さな舟の上で、目指す方向がわからない。今の私はそんな感じです。どちらに漕げばいいかわからないから、ただじっと、途方に暮れているような。周囲の、受験生の友人たちが受験という目標に向かってがんばっているから、なおさら気が沈むのかもしれません。そんなことを思ってしまうことも嫌なのですが、どうにもできません。


 …こんな愚痴だけの手紙を読ませてしまって本当にごめんなさい。読んだら捨ててくださいね。ご迷惑だと思いつつ、友だちにも、家族にも言えないけれど、こうして書くだけですっきりするからと、勝手ながら書いてしまいましたので。


 お付き合いいただき、ありがとうございました♪   はつみ』


 読み返し、ちょっと躊躇ってから、四つ折りにして封筒に入れた。誰にも言えないことを押し付けるなんて、ほんとに、迷惑だろうな、と思う。でも、会うことのない相手だから、言える。言わずにいられない。

 単なるわがままだけど、許してほしい。

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