第6話 金盞香(きんせんかさく)
週明け。卒業はできるようがんばります―。はつみさんからの付箋を見て、ほっとした。自分が口を出すことじゃないけど、でも、がんばってほしいな、と思う。
1ヵ月ほど前までは存在すら知らなかった人を、応援する。なんか不思議だけど、胸の奥がほうっと温かい気持ちになった。
『はつみさん
がんばるとのこと、私が言うのもへんですが、うれしいです。私もがんばります。勉強は受験のためだけじゃない、やって損にはならないですからね。…説教くさくてごめんなさい。 ゆい』
***
ゆいさんからの付箋を見て思う。心配してくれたんだ、と。
…自分はどうして、受験しないことを、ゆいさんに伝えたんだろう? 三咲ちにも奈緒にも、言っていないのに。
夏までは、受験するつもりだった。200年近く続く老舗の仕出し屋を継ぐと、15代目になると、幼いころから決めていたから、大学は、経済学部か商学部。大学に通う傍ら、料理の勉強をする。そんな目標を持っていた。
でも、夏の終わり、父から突然告げられた。店をたたむ、と。
「知ってるだろうが、うちの店は、“本物”を徹底的に追求するのが方針だ。食材も、調理法も。だから、どうしても割高になる。…ここ数年、高いものは敬遠されがちだから、売上が落ちてきていた。さらに、激しくなりつつある感染症の影響で、売上が一層落ち込んで。もうだめだ。すまない、本当に、すまない…!」
今なお鮮明に思い出せる、あの時の涙声。いつも頼れる存在だった父が、なぜだかとても小さく弱々しく見えた。だからできる限り明るい声で、それならしかたないよ、なるようになるでしょ、と言ったんだ。
責めることはできない。だって、しかたがなかったんだから。
『ゆいさん
全然、気にしていません。お気遣いありがとうございます。 はつみ』
…これ以上は、書けなかった。
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