02 右側
隣の席の人と、付き合っている。
彼女は、目が見えない。そして、漫画やドラマでありがちハンディのある人特有の特殊能力みたいなものも、一切持ち合わせていない。
残酷だなと、思う。そういうドラマや漫画の影響で、目が見えないというだけで何か変な期待をされたりしてしまう、周りの気の毒さも。そして、彼女自身のことも。
自分以外の世界を、知らない。それはそれでいいことかもしれないけど、彼女にとっては、極端に、選択肢が少ないというのが現実だった。
自分なんかと、付き合っている。彼女は綺麗だから、自分よりも、もっと位の高い人間と結ばれるべきだろうに。最初は目が見えないという悲劇のヒロイン性と秀麗な顔立ちで皆の耳目を集めるけど、結局何もないと知ってしまうと、誰も彼女を気にかけることはなかった。
ひどい話でしかない。平等な社会とかハンディに寄り添える学校とか耳触りのよい言葉ばかり言って、結局は、自分たちが許容できる類いの人間しか助けないのか。
考えても、仕方のないことだった。現実として。彼女は、目の前にいる。
校庭の隅の、陽当たりがよいベンチ。もともと生徒に人気の場所だったので、自分は彼女をよく連れてきていた。ここでは普通の直射日光が校舎の影で隠れて、そのかわりに校舎の窓から反射した日光が降ってくる。ガラスで完全に反射されていないからなのか、普通に陽に当たるよりも柔らかくて暖かな光だった。
目の見えない彼女に。少しでも、やさしい灯りを届けたかった。閉じていても、分かるような、やわらかい光を浴びてほしい。
彼女。僕の手を握って、ベンチの前まで歩く。
「座ろっか」
この言葉で、ゆっくりと座る。そして、自分の声の方に顔を向けて。にこっと笑う。まるで、俺が見えているかのように。
その笑顔を見るたびに。心が七輪で美味しく焼かれるような、じわじわという気持ちになる。綺麗な顔で。俺に笑いかけてくれる。
分かっていた。この笑顔は、社交辞令。彼女は、自分を好きなわけではない。俺を見ているのではなくて、俺の助ける行為のほうを見て、そして笑っている。
彼女が笑ってくれるならなんでもいいという、そんな、都合のいい主人公みたいな感情には、なれなかった。彼女の目は見える方がいいし、自分なんかよりもよい相手を見つける方がいい。
彼女。俺が作った弁当を、器用に箸で口に運んでいる。こんなふうに食事ができるようになるまで、はたして、どれぐらいの時間がかかったのだろう。どれだけの失敗や努力が、あったのだろう。
そう考えるたびに、やっぱり心はじわじわと熱くなった。自分は、彼女に、何もしてやれない。お弁当を作って、一緒に食べて、一緒に授業を受けて、教室の移動を誘導して。
それだけだった。他には、何もできない。
彼女の心に寄り添うことすら。できない。ちっぽけな自分。
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