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走るペースはインターハイの時ほど速くない。それなのに、頬に感じる風はあのときと同じくらい気持ちよくて、楽しかった。
ひとしきり、走って、二人はゆっくりと河川敷を歩いていた。
「なーんかさ、トラックのなかで、数字だけにとらわれてると、時々見失っちゃうよね。なんで走ってるか。」
この人もそんなこと思うんだ。
「いろは先輩も、不調になったこと、ありますか?」
「うーん...ある。去年、華ちゃんとちょうど同じ頃かなー。インハイ優勝して、周りに騒がれて。取材とかもきたりしてさ。楽しくなくなっちゃったの。タイムが落ちたって言うよりか、早く走ろうとかいう気分じゃなくなっちゃったんだよねー。そこは華ちゃんとちょっと違うかもだけど。」
「その、どうやって、抜け出したんですか?」
「後輩のお陰かなー。なんかもう、陸上関係者とは会いたくないってなって、部活とか休んじゃってたんだけど、わざわざ来てくれて。一緒に駅伝でたいって、また一緒に走りたいって言ってくれたの。
それで、あ、この子のために走ってみようかなって思えたんだよね。それまで、自分のためだけに走ってるつもりだったけど、ちょっと自分の欲求だけじゃガス欠だったみたい。誰かのためっていう新しいエンジンが増えたお陰で、私は戻ってこれたかなぁ」
参考になった?と笑いかけてきた。その笑顔は綺麗というより、かわいい笑顔だった。
「はい、ありがとうございます」
わたしは、いろは先輩みたいに走りたくなくなったりはしないし、いまもまだ自分のために走ってるけど、あんな風な一緒に走って楽しい走りができるようになりたいと思うし、誰かのために走るっていうのは、そこに繋がっている気がした。
「またなんかあったらいつでも連絡してよ」
そういって連絡先も、交換してくれた。
「突然おしかけたのに、ありがとうございました」
「いいのいいの、お役に立てたなら嬉しい!」
じゃあ、また!、と二人はそこで別れた。
日が沈み始めた夏の暮れ。
二人の影は長く延びていた。
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