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レースはいつも一瞬だ。

スタートの号砲とともに、マークしていたいろはは先頭にたった。実力者ははじめは集団中ほどで温存すると思っていた華は、不意を突かれた。なんとか早めに気がついたお陰で前方への位置取りに変えることができた。

いろはは信じられないくらい突っ込んだペースで入った。華も必死でそれに食らいつく。

レース開始からものの400メートルで集団は二つに分かれた。

さすがにこのペースで最後まで行くまい、と力のある選手のなかにも、第2集団に残ったものもいた。

案の定徐々にペースは落ち着いてきた。が、いろはからは余裕が感じられた。流れるような大きなフォーム。華は不思議な感覚に陥った。目の前のを走るいろはの走りに引っ張られるように、自然とストライドが広がって、肩の力も抜ける。こんなに楽だったっけ。

視界を一瞬で過ぎ去るスタンドの人々。歓声。たしかにいまこの人と同じ空間、景色をみている。そんな確信が、なぜか落ち着く。

なんだろう。


レースも残り1kmになる頃、後ろの第2集団も実力のある選手が、ペースを緩めた先頭集団を射程圏内にとらえていた。

はじめから怒涛の展開に驚いていたスタンドも、やっぱりオーバーペースか、と徐々に落ち着いてきた。

しかし、華はそうでない、と感じた。

たぶん、いろははラスト、もう一回仕掛ける。

それに自分がついていけるかはわからない。けど、それを感じたら、やれるだけやってみよう。そう思い、淡々と走っていた。

後ろから合流してきた選手も含め、8人の選手がいた。気がついたら、入賞圏内だ。中には、留学生ランナーのセバスチャンもいる。


雑念が入ったからだろうか、少し苦しさを感じる。と思ったら、実際にじわじわとペースが上がってきていた。華はふたたびいろはの背中をしっかりと見据えた。

景色も音も消えていく。ただ吸い寄せられるように走っていた。


そして、ラスト一周の鐘が鳴った。

勝負どころだ。隣にいたセバスチャンが身体を前のめりにするのが見える。

いろはも静かにきれいに加速する。

これには、ついていけない。そう思った。だが、驚くべきことに、華の脚も、これまでにないくらい自然に滑らかに加速したのだ。

行くしかない。

華はそう思い懸命に前を追った。

前にはもういろはしかいない。

輝くような生き生きとしたいろはの走りに、観客は歓声をあげる。

そして誰より、すぐ後ろを走っている華は叫びだしたかった。

こんな風に走りたい。


追い付きたい、強く思った瞬間、自分の中のなにかが尽きたのがわかった。急に身体が重くなる。

いろははたった今フィニッシュした。

あと20mくらい。必死でもがく。後ろはまだ来なかった。

そして、この年のインターハイ女子3000m二着で、二宮華はゴールした。

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