6

その後燈真先輩は華の勇姿に、緊張が溶けたやる気が漲ってきた、絶対に決勝に行く!と勢い込んでレースに向かい、本当に決勝をもぎ取ってきた。

そんなわけで、夕飯の時間はおおはしゃぎであった。

「ほんと、燈真先輩、朝はポンコツもいいところで、トイレばっか行くし、明後日の方向見てて話しかけても返事なかったり、大変だったんだよ」

斎藤は、華ちゃんは知らないだろうけど、といろいろチクってくる。

「けど、なんつーか、二宮が決勝決めたっていうのになんか、ぐっときてさー!俺もやったる!って思ったんだよなぁ」

「意外と先輩って気分屋なんですね」

「いつも猫被ってんだよ」

一点の陰りもない明るい空気だった。

「入場する前、ちょっとのまれかけてたんですけど」

華は話し始めた。

「呼んでくれたじゃないですか、名前」

あー!呼んだ呼んだ!こっち見てたよね、と相槌もハイテンション。

「あれのお陰で、平常心取り戻せました、ありがとうございました」

それが、伝えたかったのだ。

「明日も頑張ろうなー」

「はい」

「明日も応援すっから」

「頑張って!」



優子のマッサージのお陰もあり、翌朝は疲れもなく、ケータイのアラーム前にスッキリと目覚めた。今日は午後からが決勝だ。昨日よりもゆっくりと準備をし、競技場に向かった。

決勝、なんとなく、決めてることがあった。

真木いろはについて行く。

昨日同じユニフォームを追いかけてうまく行ったというジンクスもあるが、勝敗よりも彼女の走りに興味があった。



昼ごはんも、ほんの軽く済ませ、ゆっくりとジョグをする。午後のレースは暑さとの戦いでもある。水分補給もしっかりとし、時間になったので、召集へと向かった。優子もぎりぎりまで付き添ってくれる。

すると、ちょうどいろはも菜月を伴ってやってきたところだった。菜月は昨日の予選でギリギリ決勝に進めなかったのだが、今日はサポートに回っているようだ。

誰かが勝って誰かが負ける。当たり前の事実が、時々、華の胸を揺さぶる。今日これからここで戦う誰もが誰かに勝って来た。その裏には無数の負けがある。負けに伴う涙も。

「華、頑張ってね」

優子の声に引き戻される。

そうだ、だから、戦う。私がここに来るまでのたくさんの負けを無駄にしないために。

一瞬、いろはと華の目があった。それは誰かの負けを背負う、同じ目だった。

しかし、どちらからともなく、その目をそらす。今はただ目の前のレースだ。


トラックへの道が開かれる。

燃えるような太陽。エネルギーに満ちた真っ赤なタータン。そこに、たつ18人。

左胸に手を当てて目をつぶって三秒間。まぶしい空を見上げる。


いちについて


よーい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る