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その後燈真先輩は華の勇姿に、緊張が溶けたやる気が漲ってきた、絶対に決勝に行く!と勢い込んでレースに向かい、本当に決勝をもぎ取ってきた。

そんなわけで、夕飯の時間はおおはしゃぎであった。

「ほんと、燈真先輩、朝はポンコツもいいところで、トイレばっか行くし、明後日の方向見てて話しかけても返事なかったり、大変だったんだよ」

斎藤は、華ちゃんは知らないだろうけど、といろいろチクってくる。

「けど、なんつーか、二宮が決勝決めたっていうのになんか、ぐっときてさー!俺もやったる!って思ったんだよなぁ」

「意外と先輩って気分屋なんですね」

「いつも猫被ってんだよ」

一点の陰りもない明るい空気だった。

「入場する前、ちょっとのまれかけてたんですけど」

華は話し始めた。

「呼んでくれたじゃないですか、名前」

あー!呼んだ呼んだ!こっち見てたよね、と相槌もハイテンション。

「あれのお陰で、平常心取り戻せました、ありがとうございました」

それが、伝えたかったのだ。

「明日も頑張ろうなー」

「はい」

「明日も応援すっから」

「頑張って!」



優子のマッサージのお陰もあり、翌朝は疲れもなく、ケータイのアラーム前にスッキリと目覚めた。今日は午後からが決勝だ。昨日よりもゆっくりと準備をし、競技場に向かった。

決勝、なんとなく、決めてることがあった。

真木いろはについて行く。

昨日同じユニフォームを追いかけてうまく行ったというジンクスもあるが、勝敗よりも彼女の走りに興味があった。



昼ごはんも、ほんの軽く済ませ、ゆっくりとジョグをする。午後のレースは暑さとの戦いでもある。水分補給もしっかりとし、時間になったので、召集へと向かった。優子もぎりぎりまで付き添ってくれる。

すると、ちょうどいろはも菜月を伴ってやってきたところだった。菜月は昨日の予選でギリギリ決勝に進めなかったのだが、今日はサポートに回っているようだ。

誰かが勝って誰かが負ける。当たり前の事実が、時々、華の胸を揺さぶる。今日これからここで戦う誰もが誰かに勝って来た。その裏には無数の負けがある。負けに伴う涙も。

「華、頑張ってね」

優子の声に引き戻される。

そうだ、だから、戦う。私がここに来るまでのたくさんの負けを無駄にしないために。

一瞬、いろはと華の目があった。それは誰かの負けを背負う、同じ目だった。

しかし、どちらからともなく、その目をそらす。今はただ目の前のレースだ。


トラックへの道が開かれる。

燃えるような太陽。エネルギーに満ちた真っ赤なタータン。そこに、たつ18人。

左胸に手を当てて目をつぶって三秒間。まぶしい空を見上げる。


いちについて


よーい

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