⑨ 現れた救い主
車で町中を抜け、田舎道をぐんぐん走ると、海が見えてきた。
いきりたった崖の一角に、ルパンさんは車をとめて、わたしをおろすと、海に向かって歩いていく。
ビルの大きさほどもある大きな岩にたどり着いた。
てっぺんがとがっているのが特徴的。
ここ……!
アルセーヌ・ルパンシリーズ第四巻目の『奇岩城』で、ルパンさんが宝の隠し場所兼隠れ家にして いたところだ。
思ったとおり、岩に人が一人とおれるくらいの隙間があって、上は住まいになっていた。
一階は応接間。ソファや絵画が置かれている。二階はダイニング。大きなテーブルに椅子が二つと、燭台や花が飾られている。
三階に来たとき、わたしは感嘆の吐息をもらした。
「絶景だろう。これが現在の僕の宝のコレクションさ」
目の高さからはるかかなた上につらなるまで、色とりどりの美しい絵画が飾られていたの。
どれもこれも見覚えがある風景。
アラビアンナイトの紫の闇がかかった宮殿、かんむりをかぶって短剣をかかげているのはデンマーク王――シェイクスピアさんの書いたハムレット王子だ。
かぼちゃの馬車を背景に、ガラスの靴にドレスを着たシンデレラ、動物たちと大海原にこぎだすドリトル先生。
様々な物語の名シーンが、絵画になっている。
すごい。
ルパンさんのコレクション。これは、物語美術館だ!
あれ?
名だたる絵画の中でひとつだけ、真っ白なキャンパスがあった。
下にあるプレートにはこう書いてある。『ユア・ドリーム』。きみの夢?
「それはきみのためのキャンパスだ。自分だけの理想の物語を旅することができる」
いつの間にか後ろに立っていたルパンさんが言う。
「一仕事終えたら、連れて行ってあげるよ。しばらくそこで、我がコレクションの数々を堪能するといい」
そう言うとルパンさんは、はしごも使わず下の階に音もなく飛び降りて、またどこかへと姿を消してしまった。
あらためて見回すと、すごい。
幾千もの物語の絵が、ここに息づいている。
この場所にいると、ルパンさんが盗みを働いたという事実より、その深い芸術観がうかがえるような気がして圧倒されちゃうから不思議だ。
「なるほど、ここがやつのアジトか」
わっ。
いきなりハスキーな声がして、振り向く。
「だ、だれ?」
白いシャツに、ベージュのパンツ。
ネクタイはしていなくて第一ボタンをはずしている。
そして片手のパイプからは細い煙がただよっている。
「やつの最大のライバルといえば、おわかりいただけるかな」
にっと、その人がニヒルに微笑んだ。
もしや。
ルパンさんの最大の敵にして、イギリスの名探偵。
「しゃ、シャーロック・ホームズ……」
「そのとおり」
歌うように言うと、ホームズさんは次の瞬間にはもう、わたしのすぐそばまでやってきていた。
「それより、けがはないかい」
「え、えっとだいじょうぶ」
「顔はだいじょうぶそうだね。では腕を見せて。足もだ」
「や。えっと、ほんとにだいじょうぶです」
ホームズさんはほっとしたように短く息を吐くと、
「夢未嬢。たいへん怖い想いをさせたが、もうだいじょうぶだ」
その切れ長の瞳の中の鋭利な光が、ふっと優しい明かりに変わった。
「やれやれ、こんなにわかりやすい場所にこもっているとは。僕としては、より刺激的な謎を所望したかったんだがね。まぁ、フランスの大怪盗も、この手にかかればしょせんはこの程度ということかな」
両手を広げてそう言うその様子は本で読んだイメージ通りの冷静でぬかりがなくて、どこかニヒルで退廃的なホームズのイメージだ。
そして彼はいたずらっぽく、かすかに微笑みかけてくる。
……。
なに。
はじめて会ったはずなのに、どこか懐かしいこの感じ。
へんなの。
自分の気持ちにとまどっていると、まずい、とホームズさんが鋭く一言発した。
「やつが戻ってきたようだ。夢未嬢。ではまた近いうちに。必ず助けると、ここに約束しておく」
そう言って、岩と岩の隙間をつたって天井までのぼり、てっぺんの穴から、消えた――?
こくりと、人知れずつばを飲み込む。
ルパンさんのライバル、ホームズさんがわたしを助けてくれると言っていた。
もしかしたら、帰れる見込みが見えてきたかも……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます