⑧ 第1ラウンド ~せいら嬢の心は誰の手に?~

 えー。みなさん、こんばんは。すてきな夜をお過ごしでしょうか。

 ご存じのように、今夜わたしは、親友二人とともに、メルヒェンガルテンで超人気のホストクラブ“ヒーローズ”に来ています。

 え? 子ども向けの本でホストクラブの中継なんかするなって?

 いえ、それが、なななんと、今夜特別な勝負が、ここ“ヒーローズ”(所在地:本の中、イギリス文学地方)で行われるそうなのです!

 ヒーローズに勝負を挑んできた命知らずな挑戦者は、“星降るホストクラブ”(所在地不明)の方々!

 わたしたち三人をかけた、一世一代の大勝負!

 勝負方法は簡単。

 両チームが文学乙女のメンバーをホストとしておもてなしして、よりご満足いただけたチームが勝者となります。つまり、恋心を手にしたほうが勝ちってことです!

 “ヒーローズ”ナンバーワンホストのパーシーさんが、優雅に開幕のベルを鳴らして、たった今、戦いの火ぶたがきって落とされました。

 はぁぁぁぁ。どうなっちゃうんだろう?


 第一ラウンド。

 ソファの右では、せいらちゃんのとなりにパーシーさんが座っています。

「せいらちゃんお待たせ。やっと仕切り直しだね。こんどは何飲む――」

「レモンティーだろ。お前好きだよな」

 おーっと、ここで神谷先生が割ってはいりました~!

 ところがせいらちゃん、ぷいっとそっぽを向きました!

「いらないわ」

「お前。まだ怒ってんのか」

「……泉先生と、お茶したんでしょ」

 ぴくりと、神谷先生の眉が上がります。

「だからって、こんな軽薄そうなやつと遊ぶのかよ」

 むっとせいらちゃんが言い返します!

「パーくんは、あたしをなぐさめてくれたわ!」

 すっと、神谷先生の目が細くなりました。

「へぇ。もう妙なあだ名で呼んでんのか」

「~~っ」

 とんとん、と、控えめにせいらちゃんの肩をたたいたのはそのパーくん、いえ、パーシーさんでした。

「ねぇせいらちゃん。かみやんなんて作曲家だか弁当屋だかわかんないみょうな名前の男は置いといてさ、ちょっと手を貸して」

 パーシーさんはすっとせいらちゃんの手を取って――なんと、大きく空いた自分の胸元にあてました! 大胆だよっ。

「えっ。ちょっ。パーくん」

「わかる? 心臓がきみへの想いに高鳴ってるのをさ」

 うわ。せいらちゃんも真っ赤になっちゃって。

 これはまずいよ!

「きみはどうなのかな。――触れてもいい?」

「――えっ」

 せいらちゃんに延ばされた手が――取られました。

「そっから先は、オレの心臓をぶちぬいてからだ」

 神谷先生は勢いよくパーシーさんの手首をひねり――パーシーさんはするりとかわしました。

「やってくれるね。これが日本の紳士の礼儀ってやつなのかい」

 出ました! パーシーさんの、全然違う声と話し方!

「次その汚い手を出したら、日本の紳士が完全にきばをむくと思え」

 神谷先生! いつもおもしろい冗談や講義を語るカレがどうでしょう! まるで狼のような低い声です。

 かんぜん不機嫌な彼は、そっぽを向いて、ソファの片隅に腰かけてしまいます。

 そこにちょこちょこと、歩みよる影が。

 せいらちゃんです!

「はい、お水」

 ちらと彼女を見ると――彼は、それをうけとりました。

「あぁ。さんきゅ」

 一気に冷たいお水をあおります。

「どう、少しは気分、よくなった?」

「いや、まだ最悪だね」

「そう……」

 膝の前で両手をがっちりくんで、にらむように前を見つめる神谷先生。

「はらわたが嵐みたく煮えくり返って、とにかくむしゃくしゃする」

 見たこともないほど激しい表情にせいらちゃんは目を丸くしました。

「かみやん、もしかして、やきもち妬いてるの?」

「ええっ?……あぁ」

 息を吐くと、神谷先生はぽんと、せいらちゃんの頭に手をのせて。

「考えてみりゃお前にも、こんな想いさせてたんだな。そりゃ怒るわ。――ごめんな」

 神谷先生はそっと、せいらちゃんの両肩をもって、むかいあいました。

「泉先生には、仕事のことで、相談があるって言われたんだ。気にかかる生徒がいるんだと。ただそれだけだ。信じてくれるか」

 一筋、せいらちゃんの頬に涙がつたいました。

「おい。まいったな。かんべんしてくれよ。……これ以上、泣かせないって決めたのに」

 髪をかく神谷先生に、瞳をぬぐいながら、せいらちゃんが首をふります。

「違うの。嬉しいの」

 髪にやられた神谷先生の手がとまります。

「だって、こんなに余裕なくて、とりみだしたかみやん、はじめてで。しかも、あたしのためにそうなってくれてる、なんて」

 今度はピンクに頬を染めて、せいらちゃんはぽつり。

「あ、あたしだけじゃ、なかったのね。こ……こんなに、好きなの」

 たまらなくなったように、彼は彼女の頭を胸に抱き寄せて。

「ばーか。なに当たり前のこと言ってんだよ」

 あ~ぁ。結局こうなっちゃうんだ。

 ちらと、パーシーさんを見ます。きっとくやしがっている、と思いきや。

 彼は中心の壁に描かれた女性に熱心に見入っているのです。

 大きなリボンとレースで飾られた、紅色のドレスの華やかな女性。

 彼女を見つめるそのまなざしは熱く、切なげすらあって。

 わたしははたと首をかしげました。

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