⑨ 第2ラウンド ~ももちゃんの愛のゆくえはまさかの連続~
えー、いったんスタジオに戻ります。レポーター夢未です。
「あれはかんぜんに二人の世界に行ってしまったね」
星崎キャスターもそう思われますか。
「せいらちゃん幸せそう。神谷先生、かっこいいですね」
「まぁオレの後輩だったらあの程度はとうぜんだね」
「“星降るホストクラブ”、まずは一勝ですね!」
では、第二ラウンドに、カメラを映してみましょう。
ん? あれれ。
そこにいるのはマーティンと、エドワードさんだけ。
「かんじんのももちゃんがいない」
「さっき、髪を直しに行ったよ」
星崎キャスターが何気なく知らせてくれて。
もうー、ももちゃんたら。この緊迫したときに。
わたしの呆れため息を遮ったのは、いや、という星崎キャスターの声だった。
「耳を澄ましてみたら、案外おもしろいかもしれないよ」
「え?」
「聞いてごらん。あれが男同士の会話ってやつだよ」
星崎キャスター、なんでおもしろそうなんでしょう。
まぁいいや。
わたしは言われるがまま、第二ラウンドに耳を傾けた。
♡
そこで、語っているのは、マーティンだった。
「エドワード、ますさいしょに一つ質問していいか」
「別に、かまわないけど」
彼はこう、口火をきりました。
「きみはどういうつもりで、このホストクラブに加わったんだ」
しんとあたりが静まり返ります。
「調べたところ、きみの出身本は『王子とこじき』のエドワード王子だな。民を想う立派な時期王だ。そのエドワード王子がなぜ、ヒーローたちのこんな茶番に手を貸している」
ふっとエドワードさんは、スーツに包まれた肩をソファの上から外しました。
「なるほど。それがあんたの質問か」
片手を掲げて、応答します。
「こっちも調べたよ。マーティン・ターラー。あんたの出身本は『飛ぶ教室』。努力と根性しかとりえのないそのへんの下民かと思ってたけど、案外あんたも、おもしろいんだね」
挑戦的なせりふにも、マーティンは眉一つ動かしません。
「僕を煙に巻こうとしても無駄だ。出身本をお互い読んでいるのなら、お互いの性質は知っている。公正に話をしよう。王子。その真意によっては僕としても協力しないでもない」
「ふーん」
エドワードさんの顔にかすかな笑みがともります。
「ならあんたにはどう見える。オレがここにいる隠された動機ってやつ」
じっとマーティンの深いアールグレイの目が、エドワードさんを見つめました。
「きみは気高く、立派な王子だ。その不良じみた外観は、つまるところ演技だな」
マーティンの顔にはじめて、挑戦的な笑みがともりました。
「僕にはきみたちがただいたづらにここに来る女の人を誘惑しているとは思えない」
エドワードさんは真剣に、目を細めてマーティンをじっと見返しました。
「思うに、きみの動機はきわめて個人的かつ、利他的なものだ。強い信念に突き動かされて、物語の中の人々のために、しかたなく今の仕事に甘んじている」
明らかな戸惑いと、揺れ。
その表情は、不敵な微笑にかきけされました。
「やっぱりあんた、おもしろいな」
すっと長い人差し指が、マーティンにつきつけられます。
「ビンゴだ。認めるのはしゃくだけどね。王として民のために大儀つくしてますなんてさ、保守的すぎてつまんねーし、流行りじゃねーよ。でも、それがオレだ」
マーティンがふっと表情を和らげる。
エドワードさんはその指を、そのまま自分のこめかみに持っていきます。
「でも残念だな。もう一つの動機を見逃してるよ。たった数時間前にくわわったやつだ」
すっと、マーティンが笑みを消して真剣な顔になります。
「そっちのはたぶん、あんたの好みじゃなさそうだね。今度こそ、めちゃくちゃ自分勝手なただのわがままだから」
慎重に言葉を選びながら、マーティンが言います。
「もも叶を本気で気に入った、そういうのか」
悦に入ったように、エドワードは笑い声を漏らしました。
「まさか」
肩をすくめて、おかしそうに言います。
「だからあんたはしょせんは優等生の苦学生なんだ。オレは王族だよ? 結婚相手も恋人も決定済み。どうあがいても逃れるわけにはいかない。あたりまえのことさ。そんなのは生まれた瞬間にわりきってる」
マーティンの目が、不審の色に染まります。
「それなら、そのもう一つの動機っていうのはいったい」
軽く、エドワードさんは髪をかきあげました。
「オレがほしいのは一時の楽しみ。ゲームの相手さ。あんたには悪いけど、さっきも感じじゃ、まんざら見込みがなくもないと思うんだよね。下々の女が、それくらいの奉仕はしてくれてもいいんじゃ――」
その瞬間、エドワードの身体が、飛びました。
数メートル離れたところで背中を打った彼は、頬をひどくはらし、口の端から血を流していながら、それでも笑っています。
まるでその顔は、血に飢えた獣の王様のようで、わたしはぞっとして、星崎さんにしがみつきました。
笑い声すら響かせながら、彼は立ち上がり、たった今自分を力いっぱい殴った恋敵に向きなおりました。
「いい度胸じゃん。貧しいドイツ民が、イングランド王を殴るなんて、伝説になるよ」
「王族がきいてあきれる。お前とは交渉の余地がない。その薄汚れた根性で一手でも、もも叶にふれたら、この程度じゃすませない」
「へー」
挑戦的に、エドワードはマーティンの両肩に手を投げ出しました。
「じゃぁさ、試してみる? 気楽な楽しい悪魔と、公正な貧しき天の使いと。彼女はどっちの恋をお好みかな」
マーティンが身体が怒りに震えだします。
どうしよう。とめなくちゃ。
駆け出しかけたわたしの肩を星崎さんがおさえて、首をよこにふりました。
手出ししてはいけないというように。
でも、このままじゃ。
はらはらと見守っていたその時。
信じられないことが起こりました。
悲痛な悲鳴が、その場に響き渡ったんです。
そう。
髪を直していたももちゃんが戻ってきたのでした。
彼女は駆け足で二人の間にかけよって――、エドワードさんの前に立ちはだかったのでした。
「マーティン、やめて!」
そして、必死に訴えます。
「あたしがぜんぶ悪かったの。いっぱい謝るから……だから、おねがい。エドを殴らないで」
彼によりそって、その胸をぽかぽかとたたきながら、涙を流して、ももちゃんは訴えるのです。
「借りた本にもうシミなんかつけない。100円の借金も来月すぐ返すし、もうめいわくかけないからっ。そんなことしないでよぅっ」
マーティンは、ただぼうぜんと、彼女の名を呟きます。
「もも叶……」
呆然と胸をたたかれるままにしている、そのうつろな表情はとても見ていられません。
だれもがその場から目をそむけました。
わたしも、星崎さんも。神谷先生もせいらちゃんも。
と、
「っ。あはははは」
その場に似合わない、明るい笑い声が響き渡りました。
「もも叶だっけ。あのさ、そんなに、カレシが好き?」
ふいと、エドを見たももちゃんの顔が、よけに崩れていき――今度はマーティンの首にすがって泣き出しました。
「わぁぁん。マーティン。マーティンっ……」
へ??
その場にいたみんなの――誰より、マーティンの目が、テンになります。
こほん。
僭越ながら、ここは、レポーターとして勇気をだして、この場を進めることにしましょう。
「あの、現場のももちゃん、お取込み中ごめんなさい」
「びぇぇん。なに、ゆめぇぇぇっ」
「今わたしには、たしかにももちゃんは、エドワードさんをかばったように見えたんだけど」
「はぁぁぁ? なんのこと? 今っ、泣くのとしゃっくりで忙しいの。わけわかんないこと言わないで!」
え。いや。
そう言われましても。
ここはレポーターとしての義務が……。
困っていると、代わりにこの場を進めてくれる人がいました。
マーティンです。
「もも叶、その。僕にもそう見えた……んだけど」
「ええっ? なんなの、もうみんなしてっ!」
まだしゃっくりが収まらないその喉で、ももちゃんは叫びました。
「あたしは、マーティンをかばったの! だれかを殴るなんて、そんなこと、させたくなかったからっ! マーティンなんか、あたしのつっこみでどつかれてればいいんだからぁっ」
以上、現場より、カレへの愛を、思いっきり叫んでいただきました。
エドワードさんが、ふと、かたをすくめて、
「あーあー。演技とはいえ、やきがまわったよな。あわよくば、ほんとに愛人にできるかもって、思わないこともなかったんだけど。つまんねー」
そう言って、ソファに戻りました。
どうやら第二ラウンドも、めでたしめでたしのようです。
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