⑦ お待たせしました! 星降るホストクラブです
ゲストルームに戻ると、それまでせいらちゃんと話していたパーシーさんがひたとシドニーさんを見た。
「シドニー。替えの服をご用意するのにずいぶん時間がかかったんだね。夜風でかわかしてきたとでも言っちゃうー?」
わたしたちは同時に、ぎくりと身をふるわす。
お茶目に笑うその目の奥は、これまでにない鋭さがある。
「ええ、せっかくなので、夢未さんとしばらくお話を」
しらをきるシドニーさんを、手のひらの上で転がすように、パーシーさんは見つめる。
「あいからわずだね☆ きみは――嘘がへただ」
その口調が、がらりと変わった。
「きみは、僕が出身本の中でやっていた仕事を忘れてしまったのか」
ぎゅっと、シドニーさんが唇をひきむすぶ。
そういえば。
ちゃんと考えるの忘れてたけど、ホストさんたちは本の中の登場人物。
どんなキャラクターなんだろう。
「サー・パーシー・ブレイクニー。大組織の統領を、忘れるはずありませんよ」
シドニーさんがつぶやくそのフルネームに、頭にある知識がひらめく。
パーシー・ブレイクニーといえば――。
うそ。このパーシーさんが?
その彼はぽんと、シドニーさんの肩をたたいた。
「それなら、組織のルールも覚えていることだろう。ひみつを漏らしたのなら、厳罰を与えざるをえまい」
うそ。
そんな、ばれちゃうなんて。
シドニーさんは静かにうなずいた。
「覚悟のうえです」
「まま、待ってください!」
ふたりのあいだに割って入ろうとした、そのとき。
「パーシー!」
それまで席をはずしていたエドワードさんが血相を変えてやってきた。
パーシーさんは険しい顔を向ける。
「どうした。エド」
「やっかいなことになったぜ」
言葉ほど動揺していない顔で、エドワードさんは続ける。
「きいたことのないような名前の新参ホストクラブの連中がやってきて、うちの客を奪いにきたって言い張ってる。大方、頭のおかしなやつらだ」
パーシーさんはエントランスのほうに足を踏み出した。
「行こう。相手になるまでだ。我々としても、ここをつぶされるわけにはいかない」
そのとなりで、ソファにすわってあっけにとられていたせいらちゃんが、つぶやく。
「パーくん……?」
うん。そうなるよね。
パーシーさん、ついさっきまでと様子が違いすぎるもん。二重人格かなにかと思ってるんだろう。
「せいらちゃん、あのね、この人、パーシーさんの正体は――」
伝えようとした真実は、にぱっと笑ってチャラモードに戻った彼にさえぎられてしまう。
「ごめんねー。せいらちゃん。よそのホスト連中なんて、ちゃっちゃと片付けちゃうから、ちょーっと待っててね」
「え、えぇ……」
戸惑い顔のせいらちゃん。
ももちゃんも、どうなってんの? とこっちに疑問の顔を向けるけど、わたしも、なにがなんだか。
ホストクラブ“ヒーローズ”によそのホストクラブが挑戦に?
そんなことってあるの?
みんなで首をかしげたとき。
「へぇ、おもしろい。こっちはちゃっちゃとどころか、こてんぱんに片してやる気まんまんだぜ」
「神谷先生、戦闘に冷静さは基本だ」
「けっ。こんなちゃらちゃらした連中に恋人持ってかれて、平気なのかよ、少年」
「僕は平静を失っていないだけです。神谷先生とちがって、彼女とのけんかに落ち度がないので」
「かわいくねーなお前」
わたしたち三人は見事、石になったかのように、かたまった。
この声。
ばしっときめたスーツの似合う、三つのこの姿。
「せいら、夢。隠れよう」
「ばかね。いまさら無駄よ」
「だけど~っ」
「そうだ。せめて柱に!」
わたしたちがひょいっと隠れたそのとき。真ん中のその人が名刺を差し出した。
「こんにちは。当『星降るホストクラブ』ナンバーワンの星崎です」
「って、なんで先輩がナンバーワンなんですか」
「龍介、こういうのははからずも決まってしまうものだ。にじみ出るオーラというか、彼女からの愛情というか」
「よく言うぜ。先輩だってオレらと同じ、ケンカ中でしょ」
「あの、僕だってナンバーワン役、やりたいです」
「子どもはひっこんでな、十年早いわ」
そう、この三人は。
わたしたちの大好きなカレたちだったのです……。
「なんかもめだしたぞ、こいつら」
エドワードさんが冷たい視線を送る。
「油断させる作戦かもしれない。あなどるな」
シリアスモードなパーシーさんが言う。
いえ、たぶん、違うと思います……。
そっと壁越しに様子をうかがうと、三人は、ナンバーワンホストが誰かはひとまず棚上げにしたらしく、きりっとホストさんたちに向きなおった。
極上の微笑みで星崎さんが一言。
「こちらにお邪魔している三人のいけないお嬢さんがたを、返していただけますか」
ひそひそと、わたしは親友二人に囁く。
「ど、どうしよう。ここまで星崎さんたちがヒートアップしちゃったのって、もしかしなくてもわたしたちのせい……」
「だね。てへ」
「まずいことになったわね」
わたしたちの、カレたちの注目が、ホストさんたちに集まる。
ふっとあざけるような笑いを、エドワードさんが漏らした。
「返せって、べつにオレたちが奪ったわけじゃないんだぜ? あの子たちが自分からここへ来たんだ――カレシに飽きたんだかどうだかは、知らないけど」
ぴりりと、緊張した空気が走る。
「エド、お客様に失礼な態度は改めたまえ――だが」
パーシーさんがふっと微笑む。
「残念だが、僕も彼と同じ見解でね。どうしてもというなら、力づくで奪いかえしてみたらどうだい?」
星崎さんの笑みがふっと深くなる。
神谷先生とマーティンも、身構える。
「そうだ。こういうのはどうかな。僕らと対決してそちらが勝てたら、お客さんたちは返そう。どうだい」
星崎さんが神谷先生と、そしてマーティンとすばやく視線をかわした。
「いいだろう。だが警告しておくよ。きみたちは必ず後悔する」
見えない火花が、ゲストルームの真ん中に散った気がした。
「きゃーっ。これこれ、こういう展開待ってたんだよ!」
「やだ。あたし殿方に奪い合われるのなんてはじめてよーっ」
ふたりとも喜んでる場合じゃないよ!
でも、うーん、これが乙女心なのかな?
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